[コラム] 「黄昏迫るころ夕陽は美し#22 ロッキード事件50年」:大野恒太郎弁護士(顧問)
ロッキード事件50年
―刑事免責と捜査モデルの転換―
今年は、ロッキード事件が発覚し、その捜査や起訴が行われてから50年になる。同事件は、米国ロッキード社の航空機を日本の航空会社に売り込む際に発生した贈収賄事件であり、田中角栄元首相等が逮捕・起訴され有罪判決を受けるなどしたもので、現在もなお戦後最大の疑獄事件と言われている。
ロッキード事件で田中元首相の逮捕を伝える1976年7月27日の新聞記事
先日ある新聞社からこの事件の特集記事に関連した取材の申し込みを受けた。同事件の捜査起訴が行われた1976年当時、私は検事任官1年目で、事件との関りと言っても、ロッキード社関係者の嘱託尋問調書の翻訳に当たったに過ぎず、この巨大な事件の捜査過程について到底語れるような立場にない。それにもかかわらず、新聞社が取材を申し入れてきた趣旨は、当時捜査に関わった多くの検察関係者が既に鬼籍に入った中、嘱託尋問において問題とされた刑事免責が事件後40年を経た2016年に立法されたことをも含め、その間の刑事司法の歩みを俯瞰した話を聞きたいとのことであった(注1)。
そこで、公刊されている文献資料や、私が1978年米国留学時に作成提出した修士論文「刑事免責-日米法制の比較研究-」(Immunity of Witnesses -A Comparative Study of the Japanese and American Systems-)を読み返すなどしたところ、刑事免責を一つの切り口にすることにより、ロッキード事件以降今日まで50年間における捜査モデルの転換が浮かび上がってきたように思えた。
本稿は、こうした点についての私見を述べたものである。
1 ロッキード事件における刑事免責
ロッキード事件の発端は、1976年2月米上院外交委の多国籍企業小委員会(いわゆるチャーチ委員会)でロッキード社幹部が航空機売り込みのため日本を含む外国の政府高官に巨額の賄賂を渡したと証言したことにある。我が国においては、その報道を受け、事件解明を求める世論が高まる中で、検察が捜査に乗り出した。捜査を担当したのは、東京地検特捜部であり、主任検事は同部副部長吉永祐介検事(後に検事総長。2013年6月死去)であった。
言うまでもなく、贈収賄事件を解明し、立証するためには、贈賄側であるロッキード社関係者から日本の裁判でも証拠となるような形でその供述を獲得する必要がある。
しかし、実際上ロッキード社関係者に来日を求めることはできず、日本の検察官が渡米しても、任意にその取調べに応じることも期待できなかった。
そこで、検察は嘱託尋問の制度を活用することにし、同年5月東京地裁にロッキード社関係者に対する起訴前の証人尋問を申し立て、裁判所は外交ルートを通じて証人尋問の実施を米国の裁判所に嘱託した。いわゆる司法共助と呼ばれる手続である。堀田力検事らがその尋問に立ち会うため、渡米した。
ところで、嘱託尋問においてはロッキード社関係者が証言することによって日本法のもとで処罰される恐れがあることを理由に証言を拒絶することも予想された(注2)。
そのような場合、米国であれば、証人に刑事免責を付与して、証言を法的に義務付ける制度が存在する。
そこで、刑事免責制度について一言すると、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」というのが自己負罪拒否特権であるが、その母法である英米法においては、自己負罪拒否特権が行使された場合に、刑事免責を与えることによって証人の特権をはく奪し、証言を強制する制度が確立されている。そうした制度がなければ、証人が一たび特権を発動すると、その証言を得る途が閉ざされ、司法による真実発見が妨げられるという公益上不都合な結果をもたらすことになってしまうからである。そのような刑事免責には、法令に基づくもの(Statutory immunity)と運用によるもの(Non-statutory immunity)があり(注3)、法的効果の点からは、訴追禁止型(Transactional immunity)と証言使用禁止型(Use and derivative use immunity)の二種が存在する。
ところが、日本法においては、憲法38条1項に自己負罪拒否特権を規定し、刑訴法ではこの特権に由来する黙秘権や証言拒絶権を定めていながら、刑事免責の規定は置かれていなかった。それは、日本においては黙秘権や証言拒絶権が行使されるケースが一部の公安事件を除けば極めて少なく、捜査過程で自白するのが通例であり、そうした自白を検察官が録取した供述調書は共犯者の裁判でも刑訴法321条1項2号等により証拠とされることが多かったことから、あえて刑事免責制度を導入する必要性が認識されていなかったからにほかならない。
そこで、話をロッキード事件に戻すと、ロッキード社関係者が証言拒否権を行使した場合に備え、検察は、検事総長と東京地検検事正において「証人が証言した事項については起訴を猶予し、その決定は後継者を拘束する」旨の不起訴宣明書を作成してこれを嘱託書に添付し、それにより刑事免責の効果を持たせようとした。
同年6月米国裁判所に出頭したロッキード社関係者は、果たして証言することによって日本法のもとで処罰される恐れがあることを理由に証言を拒否した。これを受け、不起訴宣明書が証言拒絶権をはく奪する刑事免責と評価し得るか否かについて、検察側とロッキード社関係者の弁護人側との間で議論の応酬があったが、同年7月米国裁判所は、不起訴宣明書に刑事免責の効力を認め、証人尋問が開始された。その一方で、米国裁判所は、嘱託尋問調書の日本側への伝達については、日本の最高裁が検察の宣明内容を保証することを条件としたので、最高裁も検察の宣明書を確認するという内容の宣明を行い、それによって嘱託尋問調書が日本側に渡されることが可能になった。
ロッキード社関係者に対する証人尋問はその後同年9月末まで続けられ、翌10月嘱託尋問に立ち会った堀田検事らが帰国すると、私は同期の横畠裕介検事(後に内閣法制局長官)とともに嘱託尋問調書の翻訳を命じられ、同月末までその翻訳作業に従事した。
2 最高裁大法廷判決
田中元首相に対しては、第一審東京地裁で懲役4年追徴5億円の有罪判決がなされ、第二審東京高裁による控訴棄却後、最高裁に上告中の1993年12月被告人死亡により公訴が棄却された。他の被告人に対しては、最高裁大法廷1995年2月22日判決がその上告を棄却し、有罪判決が確定した。
ところで、ロッキード社関係者に不起訴宣明書によって刑事免責を与えるという方法で取得された嘱託尋問調書の証拠能力については、第一審及び第二審がいずれもこれを肯定したのに対し、上記最高裁判決は、刑事免責制度が当時日本に存在しなかったことを理由に証拠能力を否定した。我が国において刑事免責制度が法令に規定されていない以上、同制度は採用されていないと言うべきであり、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることも許容されないというのである。
私自身は、この点に関する最高裁の見解には賛成できない。
当時ロッキード事件の解明は、検察や司法の鼎の軽重を問われるような重大な課題であり、ロッキード社関係者に対する嘱託尋問はそのカギを握るものであった。したがって、検察としては、ロッキード社関係者が証言を拒絶した場合にも、法律上できる限りの手立てを尽くすことは当然であると言わなければならない。そして、前述の通り、英米法においては、法令に基づく刑事免責に加え、運用上の刑事免責も広く認められているのである。
そこで、検事総長や東京地検検事正は検察官の訴追裁量権と公益の代表者としての地位に基づいて不起訴を確約し、それが後継者も拘束する旨を宣明した。それにより、将来かりに宣明に反して起訴が行われた場合には、そのような起訴は違法なものとして棄却されることが想定される。そうだとすれば、本不起訴宣明は、刑事免責に等しい効果を有すると評価されるべきである。
百歩譲って、かりに検事総長等の不起訴宣明に刑事免責の法的効力を認めることができないとの見解に立ったとしても、刑事免責のないまま証言を強制されたことを法的に主張し得るのは、本来証言拒絶権を侵害された証人本人に限られるはずである。
そして、ロッキード事件で起訴された日本の被告人のように当該証人以外の者がこの点を法的に主張することができる場合があるとすれば、それは憲法をはじめ我が国の法制度の根幹を揺るがすような重大な違法がある等例外的な場合に限られるべきであろう。しかし、この不起訴宣明が刑事免責制度の定着している米国在住の米国人に対して行われたという本件特有の事情や、最高裁判決も認める通り、刑事免責制度が我が国においておよそ採用できないような不合理な制度であるとは言えないこと等からすれば、明文規定を欠く刑事免責の下で証言が行われたことが、嘱託尋問調書の証拠能力を否定しなければならない程度の違法性ないし不公正性をはらんでいるものとは到底解し得ないと考える。
しかしながら、以上のような法的な議論は別として、ここで注目すべきは、最高裁は、嘱託尋問調書の証拠能力を否定する一方、日本で収集されたそれ以外の証拠で賄賂の事実が優に認定できるとして、有罪判決を維持していることである。つまり、ロッキード事件においては、我が国で収集した証拠によって十分有罪認定ができる以上、敢えて刑事免責によって得られた嘱託尋問調書を証拠とする必要がなかったのである。
これは、当時我が国においては、法律上証言拒否権等が存在していても、実務的には証言拒否権を発動するケースは極めて稀であったため、そのような事態に法的に対処する刑事免責制度を導入しなくても、刑事司法運営上事実解明に支障がなかったという事情を反映している。実際に、ロッキード事件の国内捜査においては、検察官による取調べの中で多くの関係者が犯行状況を自白しており、黙秘権や証言拒絶権が捜査や公判立証の際に大きな支障とはなっていなかった。
3 刑事免責の立法と捜査モデルの転換
ロッキード事件は、国際捜査における嘱託尋問・刑事免責という極めて先進的な取組みと、日本国内における関係者の取調べ・自白獲得という伝統的な取組みとが組み合わされることによって、未曽有の大事件の解明・立証を可能にした。
前者の国際捜査については、贈賄側で外国にいるロッキード社関係者の供述を得るため、米国裁判所にその尋問を嘱託し、証言拒否権を発動した証人に対して法的対応措置を講じなければならないという全く前例のない困難な法的・実務的問題に直面しながら、当時の検察官は、時間的に非常にタイトな状況の中で、一つずつ問題を克服していった。
もっとも、最高裁の判決が刑事免責は立法によらなければ認められないとしたことによってこうした問題は一旦棚上げされ、その後もしばらくの間は黙秘権や証言拒絶権が活発に行使されることはなかったため、刑事免責制度の検討等は一時後景に退いた感があった。
これに対し、後者の国内捜査については、ロッキード事件において検察が主要な国内関係者の自白を獲得したことはその一大成功体験として半ば神話的な取扱いを受けるようになった。正直に言うならば、当時私も、我が国の刑事司法は米国のように刑事免責等の取引的手法を用いるまでもなく事実を明らかにすることができる点で優位性があるようにすら感じていた。
その後、東京地検特捜部はリクルート事件等を経て1990年代に政治家や経済界に関わる事件を次々に摘発したが、そのような活動も基本的には取調べと供述調書に大幅に依存したこのモデルの上に築かれた。そして、一部には自白獲得に長じた検事がいわゆる「割り屋」としてもてはやされるような風潮も見受けられた。
しかしながら、国民の意識変化や、司法制度改革等を経て弁護体制が強化され弁護活動が活発化したことを背景に,取調べにおいて黙秘権が発動されるケースが増え、自白は次第に得にくくなり、取調べに頼って事件を解明することが難しくなっていった。
また、捜査段階で作成された供述調書についても、司法制度改革における裁判員制度の導入により、裁判員が「見て聞いて分かる」ような法廷での供述が重視されるようになり、その影響は,次第に裁判員裁判以外の一般の裁判にも及んでいった。しかも,21世紀に入ると、いわゆる冤罪事件が立て続けに発覚したことにより,供述調書の信用性が低下し,裁判所もこれをそれまでのように広く証拠として採用しなくなった。
こうして、取調べや供述調書に依存した従来型のモデルは、次第に機能不全ないし行き詰まりの様相を呈するようになった。
しかし、例えば贈収賄のように密室犯罪と言われて客観的な証拠の少ない事案の解明や立証のためには、事件に関与した者の供述等その協力を得ることが不可欠である。そのため、黙秘権や証言拒否権が活発に行使されるような状況の下で、事件関係者の証言等の協力を確保する手段として、諸外国において活用されてきた司法取引や刑事免責等を導入することの必要性が改めて認識されるようになったのである。
ところで、刑事免責は、ロッキード事件における不起訴宣明のように、証人から証言拒否権をはく奪して証言を強制するためにいわば一方的に付与されるものであり、司法取引の結果もたらされるものではない。
しかし、刑事免責と司法取引とは、事件関係者に対する刑事処分を免除したり軽減したりすることと引き換えにその証言ないし供述等の協力を得るという取引的性格において共通している。そして、運用上も、司法取引の結果刑事免責と同様共犯的立場にある者の証言確保が図られることがあるなど両者は密接に関連している。
そうした取引的性格を有する制度ないし手段について、かつて私を含む多くの日本人実務家は違和感を抱いていた。それは、取引的手法が我が国刑事司法の根本理念である実体的真実主義からはかけ離れているのではないかとの懸念に由来していた(注4)。
もっとも、こうした懸念は、有罪の答弁が行われれば、証拠調べを経ることなく、直ちに有罪が認定されるという英米型のシステムに対する疑問によるところが大きかったように思われる。そのようなシステムの下では、事実とは異なる犯罪で処罰される可能性が否定できないからである。
しかしながら、日本において必要とされているのは、取調べによる事実解明が次第に困難化する中で、関係者の協力を得て事実を明らかにする手段としての刑事免責や司法取引である。したがって、それは、実体的真実主義に背馳するものではなく、むしろ真実発見を実現するための方策として位置づけられるべきものである。
さらに、司法取引に対する批判の中には、かつて「仲間を売るような取引は卑怯であり、国民感情にも反する」というものがあった。しかし、私は現職当時、事実に反する否認を通した者が処罰を免れ得ることがあるのに対し、正直に罪を認めて事実を明らかにした者が重く処罰されるのでは「正直者が損」をすることになり、そちらの方こそが健全な国民感情に反すると強く感じていた。
このように、刑事司法をめぐる事情が大きく変化していく中で、2011年の大阪事件無罪判決を契機とした検察改革を受け、2016年刑事訴訟法改正によって、ようやく取調べや供述調書に過度に依存した従来型の捜査モデルに代わり刑事免責や司法取引(正式には「協議合意制度」)等証拠収集方法を多様化した近代的なモデルが導入された(なお、コラム#10「司法取引の導入」参照)。
我が国は、1976年のロッキード事件から実に40年を経て、この事件が提起した「黙秘権ないし証言拒絶権が行使された場合にいかに対処するのか」という、法制上いわば穴が開いていた問題に対して、ようやくその答えを出したことになる。このような経過にかんがみると、ロッキード事件当時の関係者による取組みがいかに先進的であったか、思いを新たにする。
そして、刑事免責に関する立法は、1995年の前記最高裁大法廷判決が、我が国において刑事免責制度を採用するのであれば「その対象範囲、手続要件、効果等を明文で規定すべき」と判示したことに対応するものでもあった。
4 今後の課題
刑事免責や司法取引について規定した改正刑訴法は2018年6月に施行され、既に8年が経過した。
そのうち刑事免責は、証人尋問開始前に請求されたものと、開始後に請求されたものの双方を合計して、最近は年間10件以上利用されている模様である(注5)。
これに対し、司法取引は、報道された適用例が私の知る限りこれまで僅か7件にとどまっている。これは、率直に言って意外であり、期待外れである。
その理由としては、様々な要因があり得るが、裁判所が「引き込みの危険」を警戒するあまり、司法取引の結果得られた証言の信用性を過度に慎重に評価するきらいがあり、これが検察の姿勢に影響している可能性もある。
しかしながら、日本の刑事司法がかつての取調べや供述調書偏重を脱却していくためには、司法取引等の活用は不可欠である。
そして、私はいずれ必ず司法取引が一層活用されることになると考える。その理由は、この制度が事件関係者側と検察側双方の利益になり、かつ公益にも合致している合理的なものである点にある。同種の発想に基づいた独禁法違反の行政手続における課徴金減免(リニエンシー)制度が盛んに活用されていることは、そうした見方を裏付けるものであろう(コラム#12「企業と司法取引」参照)。
司法取引の活用を促進するためには、何よりも、実績を積み重ねることにより、検察官がその運用に慣れ、弁護側もそのメリットを実感し、裁判所側に残る過度の警戒感を払拭していくことが肝要であると考える。
その一方で、最近になっても、いまだに取調べや供述調書に過度に依存した古いモデルから脱却していないと思われる事例を時折耳にすることがある。
もとより取調べが事実を解明するために極めて重要な捜査手段であることは否定できない。しかし、国民の意識の変化や弁護活動の活発化、黙秘権や証言拒絶権が盛んに行使されるようになるなど刑事司法を取り巻く事情の変化に照らすならば、取調べを偏重するいわば一本足打法を脱し、取調べ以外の多様な証拠収集方法を活用しなければ、事案を解明することはますます困難になる。また、相当でない方法による取調べは、検察や検察官個人に対する厳しい批判として跳ね返ってくる。
したがって、今検察に求められているのは、長期的大局的視点に立ち、刑事免責、司法取引等を含む多様な法的手段を駆使する新たな捜査モデルを実現していくことであろう。そうした観点から、ロッキード事件における先人達による時代を先取りした取組みは、50年を経た今、改めて学ぶべきものがあると思う。
注1:嘱託尋問関係者としては、例えば、堀田力氏(当時東京地検特捜部検事、ロッキード事件公判も担当。その後法務省官房長。2024年11月死去。なお、1999年5月に嘱託尋問の経緯等について「壁を破って進め-私記ロッキード事件-」(上・下)を講談社から刊行)、東條伸一郎氏(当時東京地検特捜部検事。その後大阪高検検事長。2018年12月死去)、原田明夫氏(当時在米日本大使館一等書記官。その後検事総長。2017年4月死去)。
注2:当時の米国法の下においては、外国公務員に対する贈賄を処罰する規定はなかったが、ロッキード事件等を受けて、翌1977年12月海外腐敗行為防止法(The Foreign Corrupt Practice Act)が制定された。
注3:運用による刑事免責(Non-statutory immunity)の法的効果については、多くの米判例は、これに反してなされた起訴は無効であるとする一方で、証人の自己負罪拒否特権をはく奪する効果はなく、したがって、刑事免責を付与されたにもかかわらず証言を拒んだ証人を証言拒否にかかる法廷侮辱罪で処罰することはできず、免責の対象とされた犯罪で処罰し得るにとどまるとの見解を採っている。そのような見解の下では、運用による刑事免責は、証言を強制する(compel)ものではなく、それを慫慂する(induce)ものと理解することになろう。
注4:当時の実務家の意識を反映した著作として佐藤欣子「取引の社会-アメリカの刑事司法-」(1974年)がある。同書は、実体的真実主義に立脚する日本の刑事司法と手続的正義を重視する米国の刑事司法を対比し、前者が裁判国事主義に支えられているのに対し、後者は当事者主義に基づいており、取引的司法もそこに胚胎していると分析している。
注5:2025年7月「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」とりまとめ報告書別添5参照