[コラム] 「黄昏迫るころ夕陽は美し#05 我が国による法整備支援」:大野恒太郎弁護士(顧問)

我が国による法整備支援

―日本と世界の平和と繁栄を目指す―

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ラオス法整備支援20周年・民法典成立記念式典 2019年2月19日 ビエンチャン
 

 私は、2017年から国際民商事法センターという公益財団法人の理事長を務めている。この財団の事業の中で、アジア諸国に対する法整備支援が大変重要な部分を占めている。そこで、今回は、法整備支援についてお話をすることとしたい。

 

法整備支援とは何か

 そもそも法整備支援と言っても、何のことかピンと来られない方も多いのではないかと思う。
 私達は、確立した法制度や司法制度の下で生活している。そして、法や司法によって自分たちの正当な権利・利益が守られていると信じている。民間における様々な経済活動も、そのような理解の下に行われているのである。
 しかし、かりにそうした制度がなければどうなるのか。企業活動を例にとるならば、取引の相手方と紛争を生じても、どちらの言い分が正しいのか、それを客観的に決める基準がないことになる。また、話合いがつかない場合に、裁判所に訴え出ることによってこちらの権利を実現することもできなければ、被った損害の賠償を得ることもできない。そして、そのように予見可能性が乏しく、安定性のない状況の下では、円滑な経済活動を展開することは到底不可能である。
 したがって、どこの国においても、市場経済の下で経済発展を実現するためには、その基盤となる法制度や司法制度を整備することが大前提となる。
 
 法整備支援というのは、経済発展の基盤を作るという目的の下に、諸外国における法制度や司法制度の整備を支援するものである。
 その内容としては、まず、民法や商法、あるいは訴訟法のような経済活動に関わる基本的な法律の起草を支援することを挙げなければならない。
 しかし、法制度を作っても実際にそれがうまく運用されなければ絵に描いた餅にとどまってしまう。そこで、運用のためのマニュアルを作ったり、参考になる事例集を作成するなど準備を行う必要がある。
 さらに、実際にその運用を担う裁判官、検察官、弁護士をはじめとする実務家を養成することも、法整備支援の中に含まれている。
 
 法整備支援は、ベトナムから始まった。ベトナムは、1986年いわゆるドイモイ政策により社会主義経済から市場経済へと舵を切った。これに伴い、1991年日本の民法学者で当時名古屋大学におられた森嶌昭夫教授に対して市場経済のベースとなる民法起草支援を要請した。それが切掛けとなり、1994年にベトナムへの法整備支援が開始されたのである。
 その後、法整備支援の重要性にかんがみ、外務省、国際協力事業団JICAが予算を付けてこの事業に取り組むようになった。1996年には財団法人国際民商事法センター(2013年以降は公益財団法人)が官と民、学者を橋渡しするものとして設立された。さらに、2001年法務省に法整備支援を専門的に担当する法務総合研究所国際協力部が創設されるなどした。こうした体制の整備に伴い、支援の対象国やその内容も逐次拡大されていった。
 
 JICAや法務省が支援を行ってきた対象国は、民商事法分野だけでもこれまでアジアを中心に通算16か国に上る。そして、主要な支援先国には、裁判官、検察官、弁護士等が長期専門家として派遣され、現地の専門家と協力して、法律の立案作業、運用の支援作業、現地実務家の養成等に取り組んでいる。
 

日本の法整備支援の特徴

 ところで、こうした法整備支援は、日本だけではなく、欧米の先進国もかなり熱心に行っている。そこには、支援先国の法制度が自国の法制度と近いものになれば、その後の経済活動等に有利に働くという思惑も働いているように思われる。
 そうした中、我が国の法整備支援には、際立った特徴がある。それは「寄り添い型」であるという点である。この点について説明したい。
 
 欧米による法整備支援、特に法律の起草支援は、しばしば自国の法制度をそのまま現地語に翻訳して直輸出するようなやり方が多いと聞く。これは何といってもスピーディであるという利点がある。しかし、それが現地の実情に適合しているか、将来的に相手国に根付いて適切に運用されるかというと必ずしもそうとは言えない。
 これに対し、日本の法整備支援は、あくまでも、相手国の実務家による立案を尊重し、日本側はそれに寄り添い、必要な情報を提供し、手助けをするという方法をとる。それが「寄り添い型」の法整備支援である。
 これには、当然時間がかかるため、日本側の専門家は各人が現地に2,3年ずつ滞在するなど長期間をかけて立案を見守る。しかし、このようにして作られた法案は、現地の実務家が主体となり、それぞれの国の実情を踏まえて立案されたものである。それだけに、その後の運用や定着については、直輸出式の欧米型に比べれば、相当の利点がある。そのため、実際にこうした手法が相手国側に高く評価されているのである。
 
 日本の寄り添い型の支援方法は、実は他ならぬ日本における近代法導入の経験に基づくものである。
 日本は、明治期に西洋から近代法制度を受け入れ、これを短期間のうちに定着させた。
 その過程において、明治の先人達は、当初はフランスのボアソナード等いわゆるお雇い外国人の指導を得た。しかし、こうしたお雇い外国人によって作成された法案は、「民法出でて忠孝亡ぶ」などの批判を受けた。忠孝とは、忠義の忠、親孝行の孝であり、伝統的な文化道徳を指す。
 そうした批判の当否はともかく、その結果、最終的には、日本人が西洋の法制度を日本の文化や実情に合わせて手直しした独自の法制度を作り上げ、その運用を確立してきた。
 アジア諸国もこうした日本の経験を知っているからこそ、そうした経験に学びたいとして我が国に支援を求めてきているのである。
 
 なお、先般のコロナ禍によって外国とのリアルな交流は一時停止された。しかし、寄り添い型の支援の在り方からすれば、現地で相手国実務家と直接顔を合わせて作業をすることの重要性は明らかである。幸い現在では、長期専門家は既にそれぞれの派遣先国に戻っており、我が国に各国実務家を招いて行う来日セッションも再開されている。
 もっとも、コロナ禍の際にテレビ会議システムのようなITの活用が進んだことは、従来よりも容易で機動的な情報交換を可能にするものとして、積極的に評価したい。
 

法整備支援の効果

 それならば、こうした法整備支援にはどのような効果があるのであろうか。
 何よりもまず、それは相手国の経済発展の法的な基盤作りに資する。そもそも最初にベトナムが日本に法整備支援を求めてきたのは、市場経済に移行して外資も導入できるようにするための法整備を必要としたからであった。
 また、アジア諸国が国際的に通用する法制度を持ち、これを基盤として安定的に発展することは、「法の支配」を行き渡らせ、地域や世界の平和と安定に資する。
 さらに、国際的に展開する日本の企業にとって、相手国における法制度やその運用の確立は、ビジネスを進める上で予測可能性を高めるなど大きな意義を有する。そして、その法制度が我が国の法整備支援によるもので、我が国の制度にも通じるところがあれば、ビジネス上の利点は一層大きなものになる。
 
 加えて、法整備支援による相手国との友好親善関係の増進も重要である。我が国はさまざまな政府開発援助ODAによって各国との友好関係を深めてきた。法整備支援は、そうしたODAの中ではソフト援助に属する。そして、橋や道路等のハード援助に比べるならば、はるかに低いコストで相手国のソフトインフラの整備に寄与することができる。つまり、圧倒的な費用対効果を有するのである。
 こうしたことから、近年政府においては、国際社会における我が国のプレゼンスを拡大し外国との友好親善関係を強化する観点から、「司法外交」の展開が唱えられており、法整備支援はその重要な柱として位置付けられているのである。
 

法整備支援の現場

 それでは、具体的に法整備支援はどのように進められているのか、見てみよう。
 ここでは、皆様にその実情を知っていただくために、できるだけ具体的なエピソードをお話しすることにしたい。
 
 まず、ベトナムである。ベトナムは我が国が最初に法整備支援を開始した国であることは、先ほどお話ししたとおりである。ベトナムの民法と民事訴訟法は日本の支援で制定された。これまで多数の日本人長期専門家がベトナムに派遣され、ベトナムからは政府機関職員をはじめ多くの実務家が日本に留学している。
 いささか古い話であるが、2010年私が法務事務次官をしていた当時、法整備支援の実情を知るためベトナムに出張したことがある。ある地方の裁判所を訪問した際、日本から長期専門家として派遣された裁判官についてこんな話を聞いた。その裁判官は、法運用等について指導するだけではなく、現地の人にも歌い回しの難しい民謡を現地語で完全にマスターしたので職員達に大いに慕われているとのことであった。とても微笑ましくかつ誇らしく思った。また、ベトナム司法省の高官には、名古屋大学留学経験者が大変多いことにも驚いた。
 なお、当時訪問した先の地裁所長は、その後最高裁副長官に昇進し、先日セミナー出席のため来日した際に、再会を喜び合った。
 
 カンボジアにも出張した。カンボジアではポル・ポト政権の恐怖政治の下でほとんどの法律家が殺害されたため、ゼロからの再出発を余儀なくされていた。カンボジアの民法や民事訴訟法も日本の支援の下で制定されたものである。
 私は、日本から派遣された裁判官が現地の裁判官たちに法律の運用について講義している場面を見学した。日本の裁判官が英語で説明をすると、現地の通訳がこれをクメール語に通訳する。逆に、受講者からの質問はクメール語を英語に通訳するという実に迂遠なやり方がとられていた。しかし、これからカンボジアの司法を担うという受講者たちの熱気に圧倒される思いがした。
 また、裁判所の壁画に興味をひかれた。それは地獄で死者が舌を抜かれたり、槍で突き刺されるなどの責め苦にあっている状況を描いたものであった(写真参照)。なぜそのようなおどろおどろしい壁画が掲げてあるのか尋ねてみたところ、証人の証言の真実性を確保するため、偽証をすると厳しく罰せられることを分かりやすく描いたとのことであった。これは、アンコール・ワットの回廊の壁に一般人を教化するため地獄の情景が刻まれていることにも通じるものである。「人を見て法を説く」というが、まことにその説き方は様々であると感じた。
 
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カンボジア裁判所の壁画
 
 ラオスにおいては、2018年に6年がかりの日本の支援で民法が成立した。たまたま当日私の関わる財団ではラオス駐日大使もお招きしてラオスから日本に派遣されてきた実務家達の歓迎会を開催しているところであった。携帯電話で民法成立の一報が伝わると、歓声が上がり、中には感激して涙ぐむ者もいた。法整備支援の成果を実感する一瞬であった。
 もっとも、現地に派遣され、法律運用の指導や実務家養成の支援に当たっている専門家によれば、ラオスの実務家は、法律が国の命令であるという理解に偏り、市民や企業が法律によって自らの権利や利益を守るという側面についての理解はまだまだ十分ではないとのことであった。
 
 国により法整備支援の状況は様々であるという趣旨で、インドシナの3国を例にとってお話した。
 私がここで特に申し上げたいのは、各国に長期専門家として派遣される若い実務家の多くが、実に有能で熱意に溢れていることである。彼らは、自分達よりも年長の相手国実務家等との間に信頼関係を築きながら、日本法の知識や実務経験に基づき、法整備支援活動に従事している。それは、我が国に対する信頼を高めることにも繋がる貴重な貢献だと思う。そして、近年、こうした法整備支援は、アジア諸国の経済発展も反映して、我が国の大学生等更に若い人達にも注目されており、心強く感じている。
 

法整備支援の課題

 最後に、法整備支援の課題について触れたい。
 近年、アジア諸国の経済発展やITを中心とした技術の進展には著しいものがある。これに伴い、法整備支援も、我が国から外国へという一方的なものから、それぞれの工夫や経験を学び合うといういわば双方向的なものへとその比重を徐々に移していくように思われる。
 現に、中国や韓国においては、IT分野を含め目覚ましい経済発展を遂げており、その法制度も急速に整備され進化している。今後、さまざまな交流の機会を通じて相互に学んでいくべきであろう。
 
 また、ビジネスと人権の視点は、法整備支援を展開する上でも、今後ますますその重要性を増していくものと思われる。
 そもそも経済的発展なくして人々の生活の向上はあり得ない。さればといって、経済的発展のために他者の人権を犠牲にすることが許されないことは言うまでもない。これがビジネスと人権をめぐる基本認識である。そうした認識に基づき、特に国際的な経済活動を展開している企業等に対しては人権尊重の取組みが強く求められている。
 一方、法整備支援もその根底には人権尊重の理念がある。法整備支援は、経済発展の基盤となる法制度や運用、これを担う実務家の養成を支えることを直接の内容とするが、究極的には法の支配の確立を通じて人権が尊重される社会の実現を目指すものである。
 その意味で、法整備支援とビジネスと人権の取組みとはその理念を共有している。
 ビジネスと人権が近時急速に国際的な重要性を高め、日本企業にも大きく関わるものとなっていることからすれば、今後、我が国が法整備支援を進めるに当たって、この観点を欠くことはできない。そして、ビジネスと人権の取組みの中でも、取り分け人権侵害の救済や紛争解決メカニズムを構築する面などにおいて、現地の法制度や運用、人材養成に関わる法整備支援が大きな役割を果たすことが期待されている。
 
 しかしながら、法整備支援を語るとき、根源的で深刻な問題がある。それは、法の支配を否定するような動きに対していかに対応していくかという点である。
 例えば、支援対象国であるミャンマーにおいては、2021年に軍事クーデタが発生した。ミャンマーにおいては、知的財産法制等についての法整備支援プロジェクトや不動産法制についての事前調査が進められていた。しかし、クーデタの発生により、現地から長期専門家を引き揚げ、現在支援活動等を中断せざるを得ない状況にある。
 また、ロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会における法の支配の脆弱性を白日の下に晒すこととなった。
 こうした動きを受け、法整備支援に従事している実務家の中には、法整備支援の非力さを嘆く者もいる。
 
 しかし、こうした事態に陥っている国は世界のごく一部にとどまり、他ではそれぞれの法制度を基盤としながら経済活動が活発に行われている。また、現在法の支配が揺らいでいる国々においても、中長期的に見れば、いずれ再び法が機能する日が来るはずである。そのように考えるならば、法整備支援は、一部の、しかも一時的な動きに萎縮させられることなく、息長く、着実に進めていくべきだと確信している。
 

追記

 当事務所所属の森永太郎弁護士は、ベトナムに長期専門家として3年間派遣されたほか、法務省法務総合研究所において法整備支援を担当する国際協力部にその部長等として長期間勤務された。また、入江克典弁護士は、JICAにおいて法整備支援事業に従事され、ラオスに長期専門家として4年間派遣された経験を有している。
 なお、本記事は、2023年2月15日に東京ロータリークラブで行った講演の原稿に加筆したものである。
 

著書等

顧問/コンサルタント

大野 恒太郎 Kotaro Ohno

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