[コラム] 「黄昏迫るころ夕陽は美し#02 裁判員の人数」:大野恒太郎弁護士(顧問)

裁判員の人数

―裁判官1名裁判員4名の構成は幻か―

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裁判員制度は、2009年に施行されてから既に14年が経ちすっかり定着したように思われる。その合議体の構成は、一般に裁判官3名裁判員6名であると理解されており、裁判員法に裁判官1名裁判員4名という構成も規定されていることは事実上忘れ去られた感がある。今回は、そのような構成がどのような経緯で誕生したのか、またそれが全く用いられていないのはなぜかについてお話ししたい。

 

立案の経緯

私は内閣司法制度改革推進本部事務局において裁判員法の立案作業に関わった。その際に最大の争点となったのが裁判官と裁判員の人数をどうするかという点であった。
 
裁判員法は、2001年の司法制度改革審議会意見書に基づき国民の司法参加の制度として立案され、成立したものである。そして、国民の司法参加については、司法制度改革審議会の審議の中で、日弁連等が司法民主化の観点から市民から選ばれた陪審員が裁判官から独立して評決を行う陪審制の導入を求めたのに対し、最高裁は憲法上の疑義を避ける立場から参審員が評決権を持たない制度を主張するなど大きな対立があった。裁判員制度は、そうした対立の中で生み出されたものであり、裁判員制度という名称自体、従来の英米法流の陪審制とも大陸法系の参審制とも異なる独自の制度として、当時法務省の特別顧問を務めていた松尾浩也氏が考案した新語であった。
 
しかしながら、司法制度改革審議会において、裁判員制度の捉え方の違いにより、その構成については意見の対立が埋まらなかったため、意見書は、「裁判員の主体的・実質的関与を確保するという要請、評議の実効性を確保するという要請等を踏まえ、この制度の対象となる事件の重大性の程度や国民にとっての意義・負担をも考慮の上、適切な在り方を定めるべきである」と記載するにとどまって特定せず、人数の具体化は挙げて裁判員法の立案過程に委ねられたのである。
 
司法制度改革推進本部においては、2002年裁判員制度検討会(座長井上正仁東大教授)を設置して裁判員制度の具体的内容について立案作業を進めた。しかし、そこでも、裁判体の構成については、刑事裁判の安定性を損なわないようにするという立場から裁判員制度を裁判官と裁判員の協働の場として参審制に近い形でとらえる委員と、裁判員制度をなるべく陪審制に近いものとしようとする委員との間に激しい議論が続けられた。
 
ところで、司法制度改革推進本部は司法制度改革推進法によって2001年に設置されたのであるが、法律には2004年という設置期限が設けられていた。そして、国会審議等を見通した場合、裁判員法は、現実問題として同年の通常国会において成立させる必要があった。そのため、司法制度改革推進本部が検討会を運営する一方で、与党である自民党や公明党も、この問題を取り扱う会議体を設置するなどして制度設計を進めた。
 
しかしながら、肝心の人数の点については、2004年の通常国会の直前である同年1月になってもまとまらなかった。検討会は、2003年10月に裁判官3名裁判員4名(ただし5ないし6名もあり得るとする。)の座長試案が示されたが、その後の議論により概ね裁判官3名裁判員6名の線で収束していた。また、自民党の小委員会も、裁判員制度を導入するのであれば、裁判官3名裁判員4名が相当であるとしつつ、裁判員5名あるいは6名の構成も排除しないという結論に至っていた。これに対し、連立与党の公明党が、裁判官2名裁判員7名という独自の案を主張して譲らないのである。公明党は弁護士出身の議員を多数擁しており、できるだけ陪審制に近似した制度を実現したいという日弁連の方針に近い立場を採ったものだと思う。こうしたことから、裁判員制度に関わる与党プロジェクトチームに所属する自民党の議員と公明党の議員が協議を重ねたのであるが、公明党側には全く譲る気配がなかった。政府内で立案を担当していた私達が時間切れを危惧する中で、人数論は既に政党間の政治的な問題となっていたのである。
 
そうした中、突如として浮上したのが、裁判官3名裁判員6名に加えて、裁判官1名裁判員4名という構成を設けるという案である。これは、これまで検討会の場を含め全く議論されたことのない案であったが、裁判官2名ではその意見が分かれたときに対応できないとする最高裁等の主張を受け入れつつ、一律に裁判員3名裁判員6名の構成としたのでは裁判官の影響力が強過ぎ、司法への国民参加の在り方としては物足りないという公明党の主張に配慮して生み出されたものであった。そして、裁判官の比重を減らす陪審制的な構成に対してもともと警戒感が強かった自民党側も、通常国会に裁判員法案を提出することを優先し、裁判官1名裁判員4名という構成を裁判所の判断によるあくまでも例外的なケースと位置付けるのであれば、そのような内容の法案にすることもやむを得ないとの判断に達したのである。こうして法案提出期限の迫った1月末に至って、自公両党の合意が成立した。
 
これを受け、立案当局としては、急遽そうした内容を織り込んだ法案を作成した。そして、法案においては、裁判所は、裁判員裁判対象事件のうち、公訴事実に争いがないと認められ、事件の内容その他の事情を考慮して適当と認められるものについては、検察官、被告人及び弁護人に異議がなければ、裁判官1名裁判員4名の合議体で裁判することができると規定したのである。
 
そうした法案の内容は、2年にわたって制度の巨細にわたって議論を重ねてきた司法制度改革推進本部の検討会に報告された。裁判官1名裁判員4名の構成はそれまで一度として検討会で論じられたことのなかった案であったこともあり、学者出身の委員の中からはその合理性必要性に対して強い疑問が呈されるという一幕もあった。
 
その後、裁判員法案は、各党の党内審査を経て、同年3月、ギリギリのタイミングで国会に提出された。そして、国会においては、立案段階であれほど難航した人数の点についてはほとんど議論されることもなく、同年4月衆議院は全会一致で可決され、同年5月参議院においても無所属の議員2名が反対しただけで全ての政党の賛成を得て可決成立したのである。
 

運用の状況

それでは、実際の裁判員裁判において、裁判官と裁判員の人数はどのようなものとして扱われているか。裁判所の統計によれば、2009年の施行以来2023年9月まで累計15,962件の裁判員裁判が実施されているが、それらはすべて裁判官3名裁判員6名によって行われ、裁判官1名裁判員4名によって行われた例はただの1件もない。そうした実情からすれば、裁判官1名裁判員4名の構成はあたかも封印されたようにも思われる。それはなぜか。
 
裁判官1名裁判員4名の構成が用いられないのは、最高裁当局がそのような指示を流しているからではないかとの穿った見方をする者もいるが、それは裁判の独立の原則に反するものであり、そのような事実は認められない。
 
この構成がいわば政治的な妥協の産物として生み出されたものであるので、このように空文化することは当初から予想できたとする論者もいる。上述の立案経過からすれば、そうした面もないとはいえないであろう。
 
しかし、私はより実質的な理由があると考えている。それは、裁判官3名裁判員6名が裁判員制度の理念を実現する上で実質的に最も合理的な構成であり、高い信頼度が認められているという点である。
 
裁判員制度は、法律の専門家である裁判官と一般市民の感覚を体現する裁判員が議論を尽くして適正妥当な結論に至ることを期待するものであるから、裁判官裁判員いずれかの意見だけで決まってしまうようなことではその目的を達しえない。裁判員法は、裁判員の実質的な関与を確保するために、評決の要件や評議の進め方に様々な工夫を凝らしているのである。この点、裁判官3名裁判員6名の構成は、年齢も経歴も個性も異なる3名の裁判官が様々なバックグラウンドを持つ6名の裁判員とコミュニケーションをとるもので、裁判官1名裁判員4名の場合に比べ、その対話ははるかに多角的なものとなり、議論を深める効果があると思われる。
 
また、裁判員の人数が大きくなることを警戒した意見は、その理由として裁判の結論が裁判員の極端な意見に引きずられることを恐れた点があったように思う。
 
ところが、裁判官3名裁判員6名の構成の下では、一部の裁判員が極端な意見を表明したとしても、実際のところ、それは裁判官の意見を待つまでもなく6名の裁判員の中で多数の支持を得ることはできないものと思われる。この点、かりに裁判員の人数を少数に、例えば2名に絞っていたとすれば、極端な意見の持つウェイトが相対的に高まり、裁判官としてもそうした意見を正面から否定することに躊躇して却って極論に影響されるおそれもあったのではないかと考える。
 
さらに、裁判官1名裁判員4名の合議体は、法文上事実関係に争いのない事件であることが要件とされているのであるが、裁判員裁判の対象はもともと裁判官3名の合議体によって裁かれる法定合議事件の中でも特に重大なものに限定されているのであるから、その量刑は当事者にとっても社会にとっても重大な関心事である。したがって、そうした事件に対しても、裁判官3名裁判員6名の体制による丁寧な手続で臨むことは、適正妥当な結論を得る上でも、当事者や社会の納得性を高める上でも、本来望ましいことであるように思われる。
 
それならば、裁判官1名裁判員4名の構成が活用されるべき場面はないのか。
 
かりにそうしたケースがあるとすれば、それは、裁判員裁判対象事件が多発し、社会的に見て裁判員となることの国民負担が重過ぎると思われるような状況に至った際に、これを軽減するために裁判員となる人の数を抑制する必要を生じた場合であろう。
 
しかしながら、裁判員裁判対象事件の数は、立案当時、年間3000件が予想されたのに対し、実際には、2010年の1797件をピークに、最近では年間800件程度にとどまっている。そうした状況からすれば、裁判官1名裁判員4名の合議体の活用が直ちに必要となる状況にはなく、そうだとすると、そのような小合議体がこれまで日の目を見なかったこともある意味当然だと思われるのである。
 

著者等

顧問/コンサルタント

大野 恒太郎 Kotaro Ohno

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