[コラム] 「黄昏迫るころ夕陽は美し#19 詐欺師達に狙われて」:大野恒太郎弁護士(顧問)
詐欺師達に狙われて
―オレオレ詐欺からM資金まで―
近年特殊詐欺の話を聞かない日はない。我が国における犯罪認知件数は全体として減少しているものの、特殊詐欺の手口は多様化し、被害は容赦なく一般家庭にも及んでいる。
それは検事、元検事だからといって例外ではなく、それどころか詐欺のスキームの中で検事、元検事をうまく利用してやろうという輩もいるので、余計に用心しなければならない。
本エッセーでは、私や家族が経験したケースを採り上げる。
1 オレオレ詐欺
オレオレ詐欺については、私の家族が危うく騙されそうになった2件についてお話しする。
2004年自宅にいた妻のところに電話があり、泣き声で「オレ、××」と既に独立していた次男を名乗った上、「さっき車で子供を轢いちゃった」と助けを求めてきた。妻が慌てて「今どこ」と尋ねると、相手は「警察」と答える。妻が「どこの警察」と畳みかけると、「吉祥寺の警察署」と言うので、妻が「吉祥寺に警察署はないけど」と答えたところで、電話が切れた。不審なことに気付いた妻は直ちに次男の携帯に連絡、次男が何事もなく勤務していることを確認し、先程の電話がオレオレ詐欺であったことが明らかになった。
後で妻の話を聞くと、男の声は次男の声と多少異なるような気がしたものの、切羽詰まった口調にすっかり動転してしまい、直ちにオレオレ詐欺に思い至らなかったというのだから危ういところであった。
犯人は、次男の名前や我が家の電話番号を知った上で電話をかけてきたので、何らかの名簿を入手してそれを使用したものと思われた。
もう1件は、2007年別のところに住んでいた義母にかかってきた電話である。義母が電話を取ると、相手が「オレだけど」というので、その声音からてっきり私の長男からの電話であると思い、「××ちゃん?」と尋ねると、相手は「今度携帯の番号が変わったから教えるよ」といってその番号を伝えてきた。義母がそれをメモした上で、「私は耳が遠いからメールアドレスの方も教えて」と頼むと、相手は「分かった。後で教える」と言って電話を切った。
その後しばらくして家族で食事をする機会があった。義母が長男に対して「この間は電話ありがとう。メールアドレスの方はどうなったの」などと言ったところ、長男が義母に電話した事実はなく、先日の電話はオレオレ詐欺の一環であることが判明した。
おそらく犯人グループは、いずれまた犯人側から電話をした際に義母の電話機には長男からの着信として表示されることなどを見越して、そのような事前工作を仕掛けてきたものと想像された。
このようなことが重なったため、私の家族は警戒心を高め、その後、こうした電話にはまともに取り合わず、一旦電話に出ても怪しげな電話は途中で切るようになった。そして、固定電話にかかってくる電話にはこの手のものが少なくないので、自宅の建替えを契機に固定電話を廃止してしまった。
もっとも、読者の多くが経験されているように、携帯には毎日おびただしい数の詐欺臭いメールが着信しており、いちいち開くのも面倒であり、妙なウィルスに感染しても困るので、近年は開きもせず削除している。
2 危うく詐欺の片棒を担がされそうになった件
これは、2003年私が内閣の司法制度改革推進本部事務局に勤務していた時(#2「裁判員の人数」、#7「司法制度改革の立役者」、#9「裁判員制度15年」参照)の話である。
ある日職場に、福井在住のSと名乗る人物から電話がかかってきた。私にとっては心当たりのない名前であったが、先方は私だけではなく検察の先輩や財務官僚とも親しく付き合っているような話をするので、うっかり失念している可能性もあると考え、適当に調子を合わせながら話を聞いていた。
ところが、会話が進むにつれ、S氏が電話をしてきた趣旨は、これまで何回か私と会う約束をしたのに、私が毎回それをすっぽかしているのはどういう訳なのかを問い質すためであることが分かった。私には全く身に覚えがなかったので、そのように答えると、相手はいら立ちを露わにして私からは会えなかったことを詫びる自筆の手紙も受け取っているという。私がそうした手紙を送った事実はない。そこで、私は相手にその手紙の写しをファックスで送ってもらうことにした。
程なくファックスで送られてきた手紙の差出人は、確かに私の名義であった。便箋には、S氏が電話で述べた通り、やむを得ない事情が生じたのでS氏に会うことができなかったとの弁解が縷々記されていた。もちろん私が書いたものではなく、筆跡も異なる。封筒の消印は確か横浜であったと記憶している。
何者かがS氏に対して私になりすまし、S氏が騙されていることは明らかであった。S氏が私との面会を強く求めてきた具体的な理由は、S氏の話からは明確ではなかったが、少なくとも単なる社交目的ではなく、何らかの仕事上の必要によるものとの印象を受けた。
いずれにせよ、私の氏名が冒用されていたことは明白であり、事態を放置すれば、更に詐欺等何らかの犯罪に発展するおそれがあると認められた。
そこで、私は東京地検に偽手紙のコピーを渡すとともに、S氏との電話でのやりとりを伝え、捜査を依頼した。
数か月後、東京地検の担当副部長から、捜査結果の説明を受けた。それによれば、福井地検の協力も得てS氏から事情を聴取したが、偽手紙を書いた人物とS氏の間に別人が介在していたことなどにより、事案を解明することはできなかったとのことであった。そして、そもそも騙されたS氏自身が捜査に非協力的であり、S氏が私などを巻き込んで行おうとしていたことは何らかの利権や税務処理に絡む後ろ暗い話であった疑いもあるとのことであった。そうした疑念は私自身妙に馴れ馴れしく、官界の人脈を誇示するようなS氏の口調から薄々感じていたところとも合致した。S氏から私がそうしたグループの片棒を担ぐと思われていたとすれば、実に不愉快極まりないことであった。
結局、この件については到底真相解明がなされたとは言えなかったが、私の名前を使った詐欺等の犯罪を阻止したことをもって良しとするほかはなかった。
3 危うく詐欺のもみ消しに使われそうになった件
これは退官後の2021年の案件である。
当時私が所属していた法律事務所に私の不在中Mと名乗る人物から私宛ての電話があったという。M氏からは配達証明付きの書簡も届いていたので、これに目を通すと、M氏は次世代電池を研究している「名誉医学博士」で、世界で初めて開発に成功した「マグネシウム二次電池」の商品化について米国巨大IT会社と契約すべく交渉中であり、その件に関して私の助言を得たい、との趣旨であった。
しかしながら、書簡は、冒頭に自分が英国名門貴族令嬢と結婚したことを記し、追伸の中では、米国ブッシュ大統領(父親の方)と46年間の親交があったことや、英国貴族との結婚時に同国大使館が行った身元調査の結果、自分の祖先が織田信長の重臣であったとの史実が判明したことなどをことさらに吹聴しており、一読して胡散臭い内容であった。さらに、書簡中には、M氏は、長年の親友で常に相談に乗ってもらっていた某元警視総監が先年亡くなる前、その後輩の元警視総監を紹介してもらったが、今回の案件の内容にかんがみると法曹資格者の助言が必要なので、是非私に相談に乗ってもらいたいなどとも記されていた。
そこで、私が念のためにインターネットでM氏のことを検索したところ、いきなり私の目に飛び込んできたのが、「M被害者の会」の記事である。そこには、M氏から私宛の書簡に書かれていたのと同内容の口上による投資話を持ち掛けられて出資したが、いつになっても配当が行われないので返金を求めると、警視総監の名前を出して言い逃れを図っているなどと記載されていた。
これを見て、M氏が投資詐欺を働いており、被害者側からの追及をかわすために、今度は元検事総長である私の名前を使おうとしているのではないかと強く疑われた。そうすると、「米国巨大IT会社との契約に関する助言を得たい」などというのは私に近付くための単なる口実に過ぎない。M氏にとって重要なのは、ともかく1回でも私と直接会って話をすることであり、そうすれば、私も彼の「親友」であり「いつも相談に乗ってもらっている」などと話を大きく膨らませて、被害者に対する言い逃れに使おうという魂胆であるように思われた。
そのようなことから、私は事務所の秘書を通じて、M氏には一切会わない旨を伝えてもらうとともに、直ちに検察庁にもその情報を伝えた。
その後、M氏がどうなったのかは聞いていない。
4 M資金
「M資金」は我が国における古典的な詐欺の手口として良く知られている。それは、連合国軍総司令部が占領下の日本で接収した財産などを基にした秘密資金(M資金)が今でも残っているというような話をでっちあげ、企業経営者等から、その運用や引出しに関わるための手数料や仲介料名下に金銭を騙し取るものである。
私は、まさか私に対してそのような話が持ち掛けてこられるなどとは考えたこともなかった。
ところが、2020年同期の弁護士から私のところに、法務省と財務省が裏で管理している巨額の「MSA資金」があるので、私が当時社外取締役をしていた先の会社に話を繋いでほしいというメールが来た。MSA資金というのは初耳であったが、その内容から判断してM資金詐欺の一種であり、もっともらしくMSAという名を使ったものと思われた。そのような資金を法務省が管理していることなどあり得ないことは、長く法務検察に勤務した私であれば、他の誰よりもはっきりと断言できることである。
そこで、私は、その弁護士に対して、これは明らかに詐欺話であり、このような事件に関われば、これまで営々と築き上げてきた声望を傷付けるおそれがあるので、くれぐれも気を付けていただきたい旨のメールを送った。
同弁護士からは折り返し電話があり、私のメールで目を覚まされ、以後この件には関わらない旨を伝えられたので、とりあえず一安心した。そして、同弁護士が私の関係する会社に話を繋いでほしいと言ったのは、その会社に金を出してもらうような話は聞いていなかったので、私や会社に迷惑をかけることはないと考えたからであるとのことであった。
私は、その弁護士が詐欺グループとグルになって私を騙そうとしたなどとは一瞬たりとも疑ったことはない。その弁護士がMSA資金なるものが虚偽と知りながら、いずれ必ずバレるような話を敢えて私に持ち掛けてくることは考えられないからである。おそらく詐欺師達におだてられ、有力企業への伝手を紹介するよう頼まれたことから、軽い気持ちでその話を私に繋いできたのではないかと思われる。
むしろ私にとってショックだったのは、この弁護士のように真面目で実績がある人ですらいとも簡単に詐欺グループに騙され、利用されてしまうことである。そして、詐欺師たちは社会的信用のある人を言葉巧みに巻き込み、そうした人達の信用も取り込むことによって出鱈目な話をいかにももっともらしいものへと仕立て上げていくのだということを改めて痛感した。
本稿で採り上げた件は、いずれも事前に詐欺に気付くことができたので大事には至らずに終わっている。
退官した後は、色々な方とお付き合いをして世界を広げたいと考えているが、こちらの経歴を知った上でそれを利用してやろうという底意で擦り寄ってくる人には注意をしなければならない。これまでこちらが気付かぬまま詐欺等に利用されていないことを祈るばかりである。クワバラクワバラ。