[コラム] A&Sスタートアップ法務の羅針盤 #06 ブランディング×弁護士が語る、スタートアップ・ブランドがコンプライアンスに取り組むべき理由5選

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ブランディング×弁護士が語る、スタートアップ・ブランドがコンプライアンスに取り組むべき理由5選

A&Sスタートアップ法務の羅針盤 #06
2024.2.26
執筆者: 三浦悠佑弁護士(パートナー)
 
皆さんこんにちは。弁護士の三浦悠佑といいます。コンプライアンスや企業不祥事を主戦場とする弁護士であると同時に、日本ブランド経営学会所属の企業ブランド研究者としての顔も持つちょっと「変わり種」の弁護士です。今日は「スタートアップ・ブランドにコンプライアンスは必要か?」について考えてみたいと思います。
 
 

1. スタートアップ・ブランドがコンプライアンスに取り組むメリット

① コンプライアンスは差別化要素になる

例えば、Mintelが行った2015年の調査によると、アメリカの消費者のうち実に56%が、非倫理的な行動をとった企業の商品を買うのを止めると回答しました。しかも、そのうち約半数(27%)の消費者は、競合商品よりも値段が安かったとしても買わない、と回答したというのだから驚きです。
 
また、PwCの2022年の調査によると、家具・家電・自動車などの商品について「サステナブル(ここでは環境だけではなく、社会・ガバナンス要因を含みます)な商品であれば、値段が高くても買う」と回答したアメリカの消費者は36%、イギリスでは24%、中国に至っては何と46%にのぼります。
 
つまり、スタートアップ・ブランドが世界市場を見据えているのであれば、「倫理的であること」「サステナブルであること」は、重要な差別化要素といえるわけです。
 
ところが、日本の消費者は企業が倫理的であるかどうかをあまり気にせず、依然として価格を重視しているようです。先ほどのPwCの調査によると、家具・家電・自動車などの購入の際に、サステナブルであることを付加価値と認める人の割合はたったの12%、生活用品については5%しかいません。
 
「現在の日本市場」だけを相手にするのであれば、「倫理的であること」「サステナブルであること」はあまり差別化要因にならないといってよさそうです。他方で、将来についてはどうでしょうか。上記の調査によれば、2022年までの過去3年間でESGやSDGsといった言葉の認知度は、4~5倍に跳ね上がったといいます。とすれば、これまでのように「日本の消費者は、とにかく安ければ買う」という前提で事業を計画すると、消費者行動を見誤るかもしれません。

 

② ブランドのCoherence(整合性)を高め、企業価値を向上させる。

企業のブランド価値を測定しているインターブランドジャパン株式会社のBest Japan Brand 2023の報道発表資料によれば、2023年に大きく価値を向上させたブランドには、「Agility(俊敏力)」「Coherence(整合性)」「Distinctiveness(独自性)」の3点が高いという共通点があるといいます。
 
この中で、特に注目したいのは「Coherence(整合性)」です。「神は細部に宿る」の言葉通り、優れたブランドはロゴやプロダクトデザインはもとより、機能、使用体験、広告で発信するメッセージの口調、時には匂いや味覚といった、ステークホルダーとのあらゆる接点(タッチポイント)をそのブランドが目指す世界観が感じ取れるように設計しています。そうした整合性、言行一致がブランド価値の向上に寄与しているというのです。
 
そして、法令対応、契約書や社内規定もブランドとステークホルダーとの大切なタッチポイントです。そうであれば、ロゴやプロダクトデザインと同じように、ブランドが目指す世界観に適合するようにデザインすることで、ブランドとしての一体性がより高まり、ブランド価値の向上するのは想像に難くないでしょう。

 

③ スタートアップ時の方が投資効率がいい

スタートアップ時に作ったブランドの世界観は、創業者たちの想いそのものであり、ブランドが成長し関わる人が増えていってもDNAとして刻み込まれます。そして、優れたブランドであればあるほど、創業者の想いがブレることなく受け継がれていきます。
 
その創業者たちが「まずは利益を上げ、コンプライアンスはそのうちにね」とやっていたとしたら?そんな姿勢がブレずに何十年も受け継がれたとしたら?
 
何もかも台無しです。
 
ブランドが歴史を重ねれば重ねるほど、染みついた風土の改革には時間とコストがかかります。実際に、2023年に不祥事を起こした有名企業の中にはコンプライアンス軽視とも思われる企業風土が、その企業らしさ=ブランドと深く結びついていたが故に、コンプライアンスを取るかこれまで培ってきた企業らしさを取るかで思い悩み、さらなる批判を招いた例がいくつもありました。
 
スタートアップ時に、ほんの少しだけの時間と手間をかけてコンプライアンスをブランドの一部として”練り込んで”おくことは、不祥事が起こりにくい組織風土=「サステナブルな組織風土」が作り、ブランドを持続させていくうえで効率のいい投資と言えます。

 

④ スタートアップ・ブランドのコンプライアンス活動は信頼を得やすい

冒頭のMintelの記事には、「自分たちは倫理的な行動をとっている」という企業のステートメントが、消費者にどれだけ信頼されるか?についても興味深いデータが記載されています。
 
記事によると、消費者の約半数(49%)は、小さな企業はステートメント通りに倫理的な行動を取っていると信頼する一方で、大企業のステートメントを信じる消費者は36%しかいません。つまり、コンプライアンスを差別化要素として機能させようとするのであれば、会社の規模が小さいうちの方がより効果が高いといえます。
 
「コンプライアンスを差別化要素にする」という観点から考えると、スタートアップ・ブランドこそコンプライアンスに取り組むべきといえそうです。スタートアップの段階から、ブランドにコンプライアンスを”練りこんでおく”ことで、消費者に選ばれる優れたブランドに成長することができるわけです。

 

⑤ 膨大な法令の中から、対応の優先順位を決める指針になる。

リソースも時間も限られているスタートアップ・ブランドにとって、全ての法令に完璧に対応するのは困難です。したがって、膨大な数の法令やルールへの対応から優先順位を見極める基準を持つことが重要です。
 
この基準は、ブランドのMVVやパーパスとの関係で決まります。例えば、「循環社会を実現し、人々の持続可能な幸福を実現する」をいうミッションを掲げ、廃材を利用してサステナブルな商品を作っているスタートアップ・ブランドがあったとしましょう。このブランドであれば、環境に対応する法令や、人々の幸福(健康など)に関連する法令がブランドとの関係で特に重要であると言えます。「人々」の中に従業員も含まれるのだと理解すれば、労働に関する法令への対応も重要だと言えるでしょう。
 
なぜか?
 
それは、これらの法令の背後にある価値観(法令のWHY)が、ブランドのWHY(=ミッション。「循環社会を実現し、人々の持続可能な幸福を実現する」)と密接な関係にあるからです。ここで失敗したらブランドへの信用が地に落ちてしまう、というのは誰でも想像できますよね。
 
弁護士などの法律家にとって、法令は等しく重要なものであり優先順位をつけることは困難です。企業側が明確な指針を持つことによって、本当に重要な法令対応にリソースを集中的に投下し、費用対効果が高いコンプライアンスを実現することが出来るのです。

 

2. スタートアップ・ブランドがコンプライアンスに取り組む方法

ブランドの中にコンプライアンスを“練り込む”にはどのようにしたらよいのか。その具体策について、両方の世界観を知る私が取りまとめたのが、「コンセプトドリヴン・コンプライアンス: 担当者の9割が見落としている企業コンプライアンスの極意」です。
 
ブランドの世界観の中に当初から「ルールと向き合う姿勢」が明示的に描かれていることは稀でしょう。本書は、ブランドパーソナリティや、ブランドの「振る舞い」を丁寧に紐解いていき、ブランドの中に内包されている「ルールと向き合う姿勢」を言語化する「コンプライアンスのコンセプト作り」について11のワークの形でまとめた書籍で、弁護士やベテラン法務担当のように豊富な知識が無くとも取り組めるものになっています。
 
具体的な契約書や規則の整備にあたっては、弁護士の力を借りることをお勧めします。繰り返しになりますが、コンプライアンスはブランドを存続するために必要な投資だからです。その際にはこうしたスタートアップ・ブランド特有の性質について十分に理解がある弁護士・法律事務所を選択すると良いでしょう。
 

著者等

パートナー

三浦 悠佑 Yusuke Miura

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