[コラム] A&Sスタートアップ法務の羅針盤 #04 ベンチャー企業が考えておくべき労務とは?

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ベンチャー企業が考えておくべき労務とは?

A&Sスタートアップ法務の羅針盤 #04
2024.2.13
執筆者: 入江克典弁護士(オブ・カウンセル)
 
今回は、ベンチャー企業における労務問題を取り上げたいと思います。会社の規模が小さいベンチャー企業は、どのようなことを考えておくべきでしょうか?
 
ベンチャー企業においては、従業員の人数が少ないため、「どのように有能な人材を確保し、どのように活かすか」について戦略を立てることがポイントです。また、労務問題に関してトラブルが発生した場合には、いまだ脆弱な会社の存続に大きな影響を与えることとなりますので、労働環境を整備し、従業員が働きやすい環境を確保するとともに、トラブルを事前に予防することも重要となります。
 
以下では、①有能な人材の確保と②労働環境の整備の2つに分けて、解説していきたいと思います。

 

1 有能な人材の確保

(1)インターンシップ制度
 
昨今多くのベンチャー企業が優秀な学生を囲い込む手段としてインターンシップを利用しています。インターンシップ制度の設計に当たって重要なのは、インターン生を労働基準法などの「労働者」として扱い、単なる業務体験を超えて、会社の業務の遂行を命令して行わせるかどうかです。そこまでインターン生に求める制度とするならば、給料の支払いや労働時間の管理などが必要となってきます。
 
(2)正社員以外の活用(契約社員や業務委託)
 
ベンチャー企業においては、フルタイムで契約期限の定めなく勤務するいわゆる「正社員」の他にも、契約期限の定めのあるいわゆる「契約社員」を活用したり、一定の業務を業務委託先の企業に発注したり、派遣社員を自社で活用したり、アルバイトを活用したりといった方法で、リソースを最適化して事業を行うことが戦略上重要です。
 
まず、契約社員についてです。契約社員の解雇は、正社員の解雇よりもいっそう厳格であるとされていますので、契約社員は期間の満了まで解雇ができないと考えて採用するべきです。また、契約社員との間で有期の契約を繰り返して行い、通算して5年を超えた場合は、その契約社員は正社員に転換される可能性がありますので、自社の契約社員の在籍年数の管理を行うことも重要です。加えて、継続して行われてきた有期の契約については、その雇止めが正社員の解雇と同様に考えられ、また、労働者が有期の契約の更新を期待していたような場合は、その有期の契約を更新する必要がある場合があります。なお、いわゆる「アルバイト」も正社員や契約社員と同様に、企業は、労働基準法等の労務管理の義務が発生しますので注意が必要です。
 
また、フリーランスとの間で、業務委託契約を締結し、一定の業務を行わせるような場合であっても、実態としてフリーランスが労働者のように指揮命令の下で働いていたような場合は、労働基準法等の労働者としての労務管理が必要となります。これに違反する場合は、未払賃金等の請求を受ける可能性もあります。
 
さらに、派遣労働者を受け入れることもありますが、派遣受け入れ期間の制限(通常3年間)を課され、事前面接を禁止されるなどの制約がありますので、ベンチャー企業にとっては使いにくい場合があるかもしれません。
 
(3)試用期間
 
社員が入社したあとに社員が業務を遂行していけるかを判断する期間(試用期間)を設ける会社も多いです。一般的には3か月から6か月程度ですが、長すぎる試用期間は無効となる可能性もあります。また、試用期間内または試用期間満了後に企業が自由に解雇できると言う誤解は、いまだに強くあります。試用期間満了後の本採用の拒否の場合においても、通常の正社員を解雇する場合と同様の解雇制限があるというのが判例の考え方です。
 
(4)人材の引き抜き
 
ベンチャー企業においては、有能な人材を確保するために、他企業の社員を引き抜くことがよく行われています。
 
通常の勧誘行為であれば違法とはなりませんが、社会的に相当な方法による引き抜き行為は違法となる可能性があります。例えば、転職の際に在籍する企業の悪評を意図的に流し、虚偽の説明を行うといった方法は違法となる可能性がありますので注意が必要です。
 
他方で、同業他社から自社の有能な人材が引き抜きにあうのを防ぐため、退職後に競業する事業を営む企業への就職をしないことを契約書上明記しておく運用も見られます。これらの合意のうち、競業禁止期間が長期間に及ぶ場合(例えば3年を超えるもの)や地域や業種の限定がされていないものについては、退職者の職業選択の自由を制限するものとして、無効となる可能性がありますので、慎重に制度設計をする必要があります。
 
(5)社員に対するインセンティブ制度
 
人材を確保するために、社員に対するインセンティブ制度を設ける例もあります。例えば、社員に優秀な知り合いを紹介してもらい採用に至った場合は、その社員に報酬を支払う制度です。この制度を設計する際には、職業安定法に抵触しないよう慎重に検討する必要があります。また、ストックオプションを付与し、自社の企業価値の向上に対するインセンティブを与えることで、優秀な人材を確保することもよく行われています。
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2 労働環境の整備

(1) 就業規則や社内規程の整備
 
就業規則を作成し、労基署に届出をし、社内に周知しておくことで、就業規則は労働契約の内容になりますので、就業規則に基づいて労務管理をする事は重要です。10人以上の労働者がいるベンチャー企業は、就業規則を作る義務がありますが、10人以上の労働者がいない場合であっても、就業規則を作成することを検討すると良いでしょう。例えば、就業規則上、懲戒事由を明確に定めておくことによって、従業員を懲戒解雇しなくてはならない場合にも、就業規則に基づいて適切に対処し、合理的な理由に基づき解雇することも可能になります。また、一旦作成した就業規則を従業員にとって不利益に変更する事は原則としてできませんので、その作成に際しては慎重に進める必要があります。
 
(2)柔軟な労働環境設定
 
多様な有用な人材を確保するためには、柔軟で働きやすい労働環境を設定すると同時に、労働時間を管理する体制を整える必要があります。ベンチャー企業の中には、労働時間管理を怠り法令違反の状態となっていたり、適切に残業代が支払われず従業員のモチベーションが低下したりしているような例も見受けられます。
 
例えば、成果主義の観点から「年俸制」を採用しているベンチャー企業は多いですが、毎月の賃金の支払いや残業代等を支払う必要がある点は、通常の場合と同様です。成果主義を浸透させるためには、透明性のある評価制度を作ることも重要でしょう。
 
どのような制度を採用するにせよ、残業代の管理には注意が必要です。労働基準法上、経営者又は経営者と一体になっている社員は、「管理監督者」として、労働時間に関する規制を受けないこととなっています。しかし、管理者の形式的な地位(例えば、係長、課長のような役職)が与えられていても、その社員が、実質的に経営者と一体の立場にあると認められない場合などには、管理監督者として認められず、残業代を支払う必要が生じます。また、給与額自体に残業代を含ませる、いわゆる「みなし残業制度」を採用する企業も多く見られます。この制度を活用する場合、通常の労働時間に対応する賃金と残業代に相当する賃金かを区別できるように契約する必要があるというのが判例です。また、残業時間がみなし残業時間を超えた場合には、別途の残業代を支払わなければなりませんが、いまだ誤解が残っているように思われますので注意が必要です。
 
以上のとおり、今回は、労務問題を取り上げました。ベンチャー企業において企業の成長を加速させるカギとなるのは人事戦略です。有能な人材を活かすことができれば企業は順調に伸びていくことになりますが、逆に、労務管理を後回しにしてしまえば、事業の足元をすくわれかねないでしょう。
 

著者等

オブ・カウンセル

入江 克典 Katsunori Irie

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