[コラム] A&Sスタートアップ法務の羅針盤 #05 10分でわかる!ベンチャー企業・スタートアップ企業が下請法を知っておいた方がいい理由

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10分でわかる!ベンチャー企業・スタートアップ企業が下請法を知っておいた方がいい理由

A&Sスタートアップ法務の羅針盤 #05
2024.2.19
執筆者: 三浦悠佑弁護士(パートナー)
 
皆さんこんにちは。弁護士の三浦悠佑といいます。主に独占禁止法や下請法を担当しています。さて、皆さんは「下請法」という法律をご存じでしょうか。正式には「下請代金支払遅延等防止法」という法律で、読んで字の如く下請取引にまつわる法律です。
 
この法律、大企業との取引を行う中小企業を守ってくれるという意味ではとても頼りになる法律なのですが、少しクセがある法律で上手に付き合っていくにはちょっとしたコツが必要になります。
 
そこで、今回は下請法についてざっくりとみていくことにしましょう。
 

1.下請法は、少しクセがある法律

クセその① 「大企業」以外にも適用がある

もし、あなたの会社の資本金が1000万円以上の場合、下請法で守られる存在であると同時に、下請法を守らなければいけない立場である可能性があります。
 
「下請」と聞くと、大企業と中小企業の取引をイメージするかもしれませんが、実は下請法は「資本金1000万円以上」の企業であれば適用される可能性があります。ちなみに、会社法上で「大企業」とされるのは資本金が5億円以上(または負債の部に200億円以上が計上されていること)。一般的なイメージとは大きな差がありますよね。
 
「下請取引」という言葉の定義も、一般的な「下請業者との取引=外注」とは若干異なり、適用の対象となる「下請取引」が限定されています。特に注意が必要なのは、
 
①     自社が販売している製品(プログラムを含む)の全部または一部の製造を他の企業に委託している場合
②     自社が展開しているサービスの全部または一部を他の企業の委託している場合
 
の2つです。厄介なことに、「下請取引」の定義は取引の形態だけでなく自社と相手企業の資本金額も関わってきます。詳細な判別方法は、こちらのサイトに記載されていますので、資本金1000万円以上で、外注先と取引がある企業は一度確認してみるとよいでしょう。
 

クセその② 完璧に守ることが難しい

ふたつ目の特徴は、完璧に守ることが難しいという点です。
 
下請法は親事業者(発注者)に対して、4つの義務と11の禁止事項を定めています(詳細はこちら)。例えば、4つの義務の中には「書面の作成・保存義務」があります。これは、大まかに言えば、下請取引を行う際には定められた項目をすべて記載した契約書・発注書等を作成しなさいという義務です。
 
書面への記載項目は多岐にわたっており、例えば、日付を入れ忘れただけでも法律違反になることがあります。何十、何百と下請取引を行う企業にとって、それらを一切のミスなく完ぺきにこなすことは至難の業と言ってもいいでしょう。
 
また、下請法の規制の中には下請取引先を大切にしているだけでは対応しきれないものも存在しています。例えば11の禁止事項の中の「下請代金の減額の禁止」では、発注時に取り決めた下請代金を、事後的に減額することが原則として禁止されています。
 
特に理由が無いのに、業務完了後・請求段階になって突然値引きを言い渡すのは「下請けいじめ」だというのはなんとなく想像がつきますが、実はこの減額の禁止は下請事業者の方から値引きを申し出た場合にも適用されます。仮に、下請事業者が「今回の仕事は上手くいった。次回も発注してもらえるよう、代金を勉強させてもらおう」と考えて値引きを申し出たとしても、親事業者は安易にそれを受け入れてはいけないということになります。
 
このように、一見「下請事業者のため」「下請事業者の利益になる」と考えられる行動であっても違法とされるケースがあることも、下請法を完璧に守ることを難しくしている一つの要因であると言えるでしょう。

 

クセその③ 違反が発覚しやすい

最後の特徴は、違反が発覚しやすいという点です。
 
公正取引委員会と中小企業庁は、毎年下請事業者や親事業者に対して下請法遵守に関する調査を行っています。その数は公正取引委員会が担当するものだけでも何と年間37万社(令和4年度。ご参考)。調査はアンケート方式で行われ、違反が疑われる回答があると公正取引委員会や中小企業庁の立入検査を受けることもあります。
 
そして、もし、重大な違反があった場合には、社名の公表を含む厳しいペナルティが課されることがあります。公正取引委員会は毎年記者会見を開いて大々的に違反企業の公表を行っており、過去の違反企業は少なくとも数年間(2023年11月現在、直近8年間の違反事例が掲載されています。)Webサイトに掲載され続けます。
 
企業活動を行うに際して守らなければならない法律はいくつもありますが、これだけ大規模かつ詳細に違反を取り締まっている法律はそう多くはありません。完璧に守ることが難しく、かつ違反が発覚しやすい法律であるが故に、対策を怠ると問題になりやすい。そして、大企業だけではなく中小企業にも適用がある。これが下請法の特徴だといえるでしょう。

 

2.下請法と上手く付き合うコツ

企業としての信頼獲得のため、対応は必須

下請法に限らず、事業に関連する法令に適切に対応していることは企業としての信頼を獲得するのに必要不可欠です。特に最近は、自社だけでなく取引相手ひいてはサプライチェーン全体の法令遵守体制に目を光らせている企業も多くなってきています。大企業が、重要な法令違反を犯した取引先との新規契約を見合わせる、契約更新をしないことを表明して大きなニュースになったのも記憶に新しいですよね。
 
下請法に違反すると、「下請けいじめをしている会社」であるというイメージがついて回ります。重大な違反を犯して社名が公開されるような事態になればその事実は数年間消えません。そうなれば既存取引を失うだけでなく、一緒に働いている仲間のエンゲージメントに影響を与えかねません。新たに優秀な人材を獲得することも難しくなるでしょう。
 
良い製品やサービスを開発するのと同じくらい、法令に適切に対処できることが信頼獲得と維持のために必要な時代なのです。
 

癖のある法律だが対処法はシンプル

対応にあまりお金をかけたくない、という企業は自前で対応することもできます。公正取引委員会は毎年無料の下請法講習会を全国で開催していますし、研修動画も公開しています。この講習会で使用されるテキストは、公正取引委員会や中小企業庁内でも使われており、私たちのような弁護士も参考にすることが多いものですので、極端なことを言えばこの研修とテキストの内容をマスターすればだれでも下請法対応ができるようになる、とも言えます。
 
ただ、個人的には、これを機に弁護士を雇って取引関係や契約書を法律的に整理してもらうことをお勧めします。下請法対応は、契約書の整備や適切な受発注システムの構築と重なる部分が多くあります。経験や勘に頼った「フリーハンド」の契約から、法律的に正しく大企業からも一目置かれるような契約にレベルアップしていくプロジェクトの一環として取り組むというのはいかがでしょうか。
 
もちろん費用も時間もかかりますが、早いうちから社内に仕組みを作ることで事業が拡大しても社内で対応できる幅が大きくなり、結果的に出費は少なく済むことも多いです。特に、下請法に関しては一度仕組みさえ作ってしまえば、後は機械的に対応ができます。文字通り社内システムに下請法対応を組み込み半自動化している企業もあります。
 
法令に適切に対処できる体制づくりは信頼を獲得し、企業が安定的に存続していくために必要な投資です。これからの企業には成長戦略に合わせ、製品開発や広告宣伝だけでなく法令対応にも戦略的にリソースを配分していかなければなりません。下請法はその入り口としてちょうどよい法律だといえるでしょう。
 

著者等

パートナー

三浦 悠佑 Yusuke Miura

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