[コラム] 「霞が関からのつぶやき #09 バブル後の金融機関の経営と行政の対応」:安冨潔弁護士(顧問)
バブル後の金融機関の経営と行政の対応
霞が関からのつぶやき #09
2026.6.2
1 はじめに
「旧二信組背任事件」と呼ばれた事件をご存知でしょうか?
この事件は、1980年代後半のバブル景気での積極融資が拡大し、1990年代に入りバブル崩壊とともに不良債権化が進行するなかで、巨額融資・迂回融資・延命融資が継続することで1994年に東京協和信用組合と安全信用組合という二つの信用組合が経営破綻し、翌1995年に旧経営陣らが背任等で逮捕・起訴されたという事件です。
2 第一審 [1]
(1)事件の概要
東京協和信用組合の代表理事であり、イ・アイ・イグループの経営者でもあったAさんが、同信用組合の代表理事としての任務に違背して、返済能力のないゴルフ場経営会社等に対し、十分な担保を徴求することなく、合計94億5900万円を不正に貸し付け、また、同業者として親交のあった安全信用組合の代表理事らと共謀の上、同人の代表理事としての任務等に違背して、同様に返済能力のないゴルフ場開発会社等に対し、十分な担保を徴求することなく、合計126億9500万円を不正に貸し付け、両信用組合に総額221億5400万円の損害を与えたとして、背任罪の共同正犯が成立するとされました。
(2)争点
背任罪は、「他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えた」という罪(刑法第247条)です。
そこで、弁護人側は、
ア 任務違背の有無について
融資は信用組合の利益や、将来的な事業収益・会員権販売による回収を見込んで行われた正当な業務であり、任務違背はない。
イ 図利目的・加害目的の有無について
信用組合の利益を図るために行ったものであり、自己や第三者の利益を図る目的や、信用組合に損害を与える認識はなかった。
ウ 共同正犯の成否について
Aさんは貸付先の一部の経営に直接関与しておらず、安全信用組合の代表理事らとの間で背任行為の共謀は存在しなかった。
と主張して、背任罪は成立しないとして無罪を主張しました。
(3)裁判所の認定
裁判所は、
ア 任務違背の有無について
融資対象となった会社は、設立から間もなく事業収益が全くないか、事実上の休眠状態にあり、ゴルフ場開発事業においては地権者による激しい建設反対運動が起きており、用地買収や許認可取得の見通しが立っていないにもかかわらず、両信用組合は何ら担保を徴求せず、あるいは担保価値が著しく不足している状態で巨額の融資を実行したと認定して任務違背と損害発生の認識を認めました。
イ 図利目的・加害目的の有無について
融資された金員がそのまま被告人名義の預金口座に振り替えられ、被告人個人や関連会社の借入金利払い、納税資金、知人の株式売買の損失補填などに充てられており、また、ゴルフ場開発の経費についても、実質的には開発を進めたい関係者やその実質的経営者の利益のために資金が使われていて、両信用組合の利益に資するものではないとして、図利目的を認めました。
ウ 共同正犯の成否について
Aさんは、融資対象となった会社の株式購入やゴルフ場開発計画に初期段階から深く関与しており、それらの会社に返済能力がなく、十分な担保もないという実態を十分に把握していたし、個別の融資の多くはAさん自身が安全信用組合の代表理事に直接依頼して実行させたものであって、直接依頼していない融資についても、事前に相談を受け被告人が了承した上で実行されていたとして、Aさんと安全・東京協和の担当者との間には明らかな意思の疎通があり、共謀が認められるとして、共同正犯の成立を認めました。
このような事実に基づき、第一審は、懲役4年6月の判決を言い渡しました。
[1] 東京地判平成11年10月5日判タ1023号86頁。
3 控訴審 [2]
第一審判決には不服があるとして控訴がなされました。
控訴審弁護人は、本件の各貸付けについて、Aさんらには、任務違背はなく、損害発生の認識も図利目的もなく、さらに、安全信用組合の貸付けについては、共謀した事実もないから、Aさんは無罪であるのに、審理を十分尽くさず、被告人を有罪とした原判決には、審理不尽及び事実誤認の違法があるとして原判決の破棄を求めました。
(1)控訴理由(要旨)
ア 背任罪の成否について
融資は、将来的な事業収益や会員権販売による回収を見込んだ正当なビジネス判断であり、信用組合を破綻させる意図はなかった。
イ 日本長期信用銀行(長銀)の「銀行管理」の影響について
本件融資の一部は、長銀から派遣された役員らが主導する「銀行管理体制」の下で行われたものであり、被告人だけにその責任を帰すべきではない。
ウ 量刑不当
被告人はすでに損害の一部(約42億円)を返済し、和解を成立させていること、また破綻処理の際にも一般組合員の保護措置をとるなど損害回復に尽力しており、原審の量刑は重すぎる。
というものです。
(2)控訴審判決
高等裁判所は、
ア 背任罪の成否について
融資先の会社はいずれも実態が乏しいか、開発の見通しが立たないゴルフ場事業を抱えており、確実な担保もなしに巨額の資金を貸し付ければ回収不能になることは予見可能であったと判断し、資金が被告人個人の利息支払いや関連会社の維持に流用されていた点も含め、第一審同様、任務違背および第三者の利益を図る目的があったと認め、弁護側の無罪主張を斥けました。
イ 長銀の銀行管理体制の影響について
イ・アイ・イグループが危機に陥った後、1990年に長銀が事実上の「銀行管理」下に置き、資金繰りや経営判断に関与していた事実を認め、長銀の管理下で行われた融資にまで、すべて被告人のみが主導したかのように厳しい批判を向けることはできないとして、Aさんの刑事責任の程度を評価する上で、この特殊な背景を考慮すべきであると指摘しました。
ウ 損害回復の努力と量刑について
本件損害額(約221億円)のうち、これまでに約42億円を返済したこと、融資相手方との間で分割弁済の和解や債務弁済契約を成立させたこと、東京協和の破綻処理に際し、関連会社を用いて一般組合員の出資証券を買い取る措置をとり、一般組合員の被害軽減に努めたことなどから、原判決の量刑は重すぎるとして懲役3年6月としました。
[2] 東京高判平成15年6月27日平成12年(う)第214号LEX/DB28085768。
4 第一審と控訴審の判決について
第一審と控訴審ともに、本件について背任罪が成立すると認めました。
しかし、第一審と控訴審とでは、量刑判断において、その前提とする長銀の関与に関する評価が大きく異なっています。
第一審は、イ・アイ・イグループの資金繰り悪化や、Aさん自身の意向が融資の主たる原動力であったとし、Aさんの個人的な経営責任や背任の首謀者としての側面を重く位置づけ、多額の損害を与えて公的資金の投入を招いた責任は極めて重いと評価しましたが、控訴審は、イ・アイ・イグループが危機に瀕した際、メインバンクである長銀から役員らが派遣され、事実上の「銀行管理体制」が敷かれていたことに着目し、この管理体制下で行われた一部の融資について、「長銀側の主導や関与もあった以上、すべての責任を被告人一人のみに帰して厳しい批判を向けることはできない」と判断し、これをAさんの刑事責任を一定程度減じる事情として認めました。さらにAさんの一審後の情状に影響する損害回復や一般組合員の出資証券の買い取りなどの事情も考慮しました。
5 上告審
控訴審判決に対して、上告がなされました。
上告趣意では、第一審判決後にAさんが長銀に対してイ・アイ・イが米国連邦地方裁判所に提起した民事訴訟において、長銀が提出した証拠を閲覧したAさんが銀行管理に係る新証拠が230点あったことから、控訴審での取調べを請求し、弁論再開を申し立てたところ、控訴裁判所は新証拠の取調べはしたものの、弁論再開は却下して判決を下したことは、十分な審理を尽くしておらず、被告人の防御の機会を保障する権利を侵害するものであり、原判決は破棄されるべきであるなどと主張しました。
また、民事裁判例で採用されているいわゆる「経営判断の原則」について、企業の経営者の経営判断の基盤となる営業活動等には、公権力から独立した自由が保障されなければならないとして、経営判断の原則は、「善良な管理者の注意」として書かれざる取締役の注意義務の内容や注意義務違反の判断基準として、会社経営の特質に即して刑法上の背任罪における任務違背及び図利加害の目的の判断基準としても取り入れられるべきものであるという主張も展開しました。
この「経営判断の原則」について、第一審及び控訴審では、直接触れられているわけではありませんが、弁護人は、本件の融資は、単なる放漫貸付けではなく、融資対象となったゴルフ場開発事業などが将来的に成功し、会員権の販売や事業収益が得られることを見込んで行われた「合理的なビジネス上の投資・判断」であり、またバブル経済の崩壊という予測困難な社会情勢の変化によって結果的に回収不能に陥り破綻したのであり、融資を実行した当時の判断としては信用組合の利益(将来の収益)を目的とした正当な業務の範囲内であると主張しました。
これに対して、第一審は、融資先の会社が設立間もない実態のない会社であったり、ゴルフ場開発において地権者の激しい反対運動があり、用地買収や許認可取得の見通しが全く立っていなかったりした実態を指摘したうえで、客観的に見て「将来の収益を予測することが極めて困難な状態」であり、通常の経営判断として許容されるリスクの範囲を著しく逸脱しているとして、預金者から原資を預かる信用組合の代表として、確実に回収するための「十分な担保を徴求する」という基本的な義務を怠り、無担保に近い状態で巨額の融資を重ねたことは、合理的な経営判断の枠内とは言えないとしました。
そして、融資された資金が、結果的に被告人個人の利息支払いや関連会社の維持、知人の損失補填などに流用されていたため、純粋に「信用組合の利益を最大化するための経営判断」ではなく、「自己や第三者の個人的な利益を図る目的」で行われたものであると説示しました。
すなわち、裁判所は、「将来の事業性の予測が著しく不合理であり、金融機関としての基本的な回収措置(担保徴求等)を放棄し、かつ資金が私的に流用されている以上、これを『ビジネス上の正当なリスクをとった経営判断』として保護することはできない」という判断をしました。
しかし、最高裁判所の判断が示されないまま、上告審の審理継続中に、Aさんが急逝されたことから、公訴棄却という手続で終結することになりました。
5 つぶやき
バブル崩壊後の金融危機における象徴的な事件ですが、1998年に金融監督庁(現在の金融庁)が発足氏、1999年に金融検査マニュアルが導入され、金融実務や法執行にあたって大きな転換を迎えることになりました。
この事件では、第一審では提出できず、控訴審の審理継続中に、Aさんが提起した長銀を被告とした米国の民事訴訟において開示された証拠のなかに、長銀がAさんを利用して2信組を支配し、銀行管理のもとでのイ・アイ・イ・グループの資産奪取と破綻をねらった事実を証明するものが含まれていました。
米国の裁判所は、この民事訴訟で、長銀から提出された証拠について当初プロテクティヴ・オーダーを発していました。しかし、原告であるAさんは、開示された証拠を閲覧することができるので、長銀の銀行管理の狙いを証明する証拠を発見することができました。そこで、Aさんは、米国民事訴訟で開示された新証拠についてのプロテクティヴ・オーダーの解除を申立て、プロテクティヴ・オーダーが解除されたことから、これらの証拠を控訴審において取調べ請求しました。
しかし、控訴審は、請求された証拠を採用して取調べはしたものの、そのおよそ1ヶ月後に弁護人の弁論再開申立てを却下するとともに結審して、ただちに判決の言渡しをしたのです。
米国と日本という法制度の違いはありますが、「事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」(刑事訴訟法第1条)という刑事訴訟の目的に照らして、十分な証拠を吟味することが不可欠ではないでしょうか。
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