[コラム] 「霞が関からのつぶやき #07 刑の免除」:安冨潔弁護士(顧問)

刑の免除

霞が関からのつぶやき #07
2025.2.28

刑の免除が言い渡された判決

「主文

  被告人に対し刑を免除する。」

 

広島地方裁判所は、平成14年6月20日、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)違反被告事件で起訴された被告人に対して、このような判決を言い渡しました[1]

 


[1] https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/969/007969_hanrei.pdf

​​​​​​

 

刑の免除

刑事訴訟法第334条は、被告事件について刑を免除するときは、判決で言い渡さなければならないと定めています。

刑の免除というのは、有罪判決について刑の言渡しを免除するという制度です。

刑を言い渡してその執行を免除するという刑の執行の免除(刑法5条ただし書・31条、恩赦法8条)とは異なります。

 

刑の免除には、①必要的免除事由[2]、②必要的減免事由[3]、③裁量的免除事由[4]、④裁量的減免事由[5]に該当する場合が法律でそれぞれ定められています。

刑の免除は、有罪判決ですから、その理由として、刑訴法第335条により、「罪となるべき事実」、「証拠の標目」及び「法令の適用」を示さなければなりません。

また、法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由となる事実を主張されたときは、それに対する判断を示さなければなりません。

 


[2] 例えば、内乱予備陰謀罪・幇助罪における自首(刑80条)、私戦予備陰謀罪における自首(刑93条ただし書)、親族相当およびその準用(刑244条1項・251条・255条)、親族間における盗品罪(刑257条1項)、爆発物使用予備陰謀罪における自首(爆発11条)、難民等による不法入国等の罪(入管70条の2)等

[3] 例えば、中止犯(刑43条ただし書)、身の代金目的誘拐予備罪における自首(刑228条の3)、組織的殺人等予備罪における自首(組織犯罪6条1項ただし書)、航空機強取等予備罪における自首(航空機強取3条)、けん銃等所持罪における自首(銃砲所持31条の5)等

[4] 例えば、親族のための犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪(刑105条)、放火予備罪(刑113条ただし書)、殺人予備罪(刑201条)、申告書不提出罪(所税241条ただし書)、過失運転致傷罪(自動車運転処罰法5条ただし書)、軽犯罪(軽犯2条)等

[5] 例えば、過剰防衛(刑36条2項)、過剰避難(刑37条1項ただし書)、偽証罪における自白(刑170条、公選253条3項)、虚偽鑑定罪・虚偽通訳罪における自白(刑171条)、虚偽告訴罪における自白(刑173条)、株主の権利行使に関する利益供与罪における自首(会社970条6項)等

 

 

判決が認定した事実と刑を免除するとした理由

広島地方裁判所は、次のように犯罪事実を認定しました。

「被告人は、アフガニスタンの国籍を有する外国人であるところ,有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで,平成13年6月10日,アラブ首長国連邦から大韓民国を経由して航空機で福岡空港に到着して本邦に不法に入国し,同所に上陸した後,引き続き同14年2月27日まで山口県内等に居住するなどして本邦に不法に在留したものである。」

 

その上で、裁判所は、

「入管法第70条の2の各号に該当することの証明があり、かつ、不法入国・不法在留の後、遅滞なく入国審査官に対して入管法第70条の2の各号に該当することの申出をしたということができるとして、被告人に対しては、その刑を免除する」

としたのです。

 

入管法第70条の2は、

「前条第1項第1号から第2号の2まで、第5号若しくは第7号又は同条第2項の罪を犯した者については、次の各号に該当することの証明があつたときは、その刑を免除する。ただし、当該罪に係る行為をした後遅滞なく入国審査官の面前において、次の各号に該当することの申出をした場合に限る。

一 難民であること。

二 その者の生命、身体又は身体の自由が難民条約第一条A(2)に規定する理由によって害されるおそれのあつた領域から、直接本邦に入ったものであること。

三 前号のおそれがあることにより当該罪に係る行為をしたものであること。」

と定めています。

 

つまり、この事案では、アフガニスタンの国籍を有する外国人である被告人は難民であると認められるので、わが国への入国や在留が入管法に違反しているとしても、入管法第70条の2を適用して刑を免除するというものです。

 

 

控訴審における判決要旨

この判決に対して、検察官から控訴がなされました。

 

この控訴に対して、広島高等裁判所は、被告人の難民該当性は認めつつ、
「入国審査官に対し,遅滞なく,入管法70条の2各号に該当することの申出をした場合に限り,難民に対する刑を免除するとの規定は,自首的な要素を含むものと解すべきである。そうすると,福岡入国管理局に対する本件難民申請は,前記のとおり,被告人が自らの氏名を名乗ってなされたものではなく,別人名で申請されたものであって,難民の同一性自体を偽ったものであるから,入管法70条の2所定の申出に当たるということはできない。」
として原判決を破棄し、自判して被告人に対して罰金30万円に処しました。

 

控訴審判決では、被告人の難民該当性は認めつつ、入管法第70条の2に定める手続に反しているとして、被告人に罰金を科したのです。

 

 

出入国管理及び難民認定法第70条の2

入管法第70条の2の規定は、難民が、不法入国(入管法70条1項1号)、不法上陸(同条1項2号)、不正上陸等(同条1項2号の2)、不法残留(同条1項5号、7号)または不法在留(同条2項)の罪を犯した場合に、同条1号から3号に定める難民であることなどの一定の要件について証明があったときは、刑を免除することとしたものです。


この規定は、難民条約(「難民の地位に関する1951年の条約」「難民の地位に関する1967年の議定書」)第31条1項の「締約国は、その生命又は自由が第1条の意味において脅威にさらされている領域から直接来た難民であって、許可なく当該締結締約国の領域に入国し、又は許可なく当該締約国の領域内にある者に対し、不法に入国し又は不法にいることを理由として刑罰を科してはならない。ただし、当該難民が遅滞なく当局に出頭し、かつ、不法に入国し又は不法にいることの相当な理由を示すことを条件とする」としたのを受けて設けられた規定です。

 

入管法第70条の2の趣旨は、本国における迫害から逃れるため不法入国、不法残留等の罪を犯した難民が、逃げ隠れすることなく自らその存在を明らかにした場合には、人道的な配慮から刑罰を科さないというものです。もっとも、刑罰を科さないというだけで、捜査や公訴の提起、裁判によって有罪の認定を禁ずるものではありません。

 

なお、難民条約第31条1項は、入国、上陸又は残留自体が犯罪とされる場合に、それについて刑罰を科してはならないという趣旨であって、それとは異なる性質の罪に刑罰を科すことを妨げるものではありません。
 

 

「難民であることの証明があった」という認定

入管法第70条の2第1号の「難民であることの証明があった」かどうかという認定は、起訴された刑事事件の審理を担当する裁判官がします。

 

ここでの難民であることという認定は、起訴された刑事事件における刑の免除という効果に限られます。入管法第61条の2に定める法務大臣の「難民の認定」に代わるものではありません。

 

入管法第70条の2第2号の「難民条約第1条(a)に規定する理由」というのは、人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見を言います。また、直接本邦に入ったというのは、第三国の庇護を受けることなく、迫害地から我が国に直接的に逃れてきた状態を言います。いったん第三国に逃れ、そこでの受け入れを認められた後、その第三国の旅券等を取得して我が国に入国したような者は含まれません。

 

 

「当該罪に係る行為」というのは?

入管法第70条の2第3号は、生命等が害されるおそれがその行為の動機となっていることが必要であるということを明らかにしたものです。したがって、第1号及び2号の要件に該当するものであっても、当該罪を犯した理由が生命等への危害を避ける目的と関係なく行われたものである場合には、刑の免除は認められません。

 

 

刑の免除を受けるための手続き

入管法において刑の免除を受けるためには、当該罪に係る行為をした後遅滞なく入国審査官の面前において、入管法第70条の2第1号から第3号に該当することの申出をしなければなりません(入管法第70条の2ただし書き)。

 

難民条約上は、「当局に出頭し」と規定されているだけですが、入管法では、入国審査官の面前で申し出ることとなっています。

 

入国審査官に申し出ることとされているのは、事務処理を能率的、統一的に行うということから、外国人の在留管理に精通していると認められる入国審査官にこの事務を行わせることが適当であると考えられるためです。
 

 

「遅滞なく」とは

「遅滞なく」というのは、「直ちに」と「速やかに」とともに,一般的には時間的即時性を示す用語ですが、「直ちに」と「速やかに」比べて時間的即時性が弱く、正当な又は合理的な理由による遅滞は許されるとされています。


「遅滞なく」といえるかは、当該罪を犯すに至った事情、不法入国等の罪を犯した場所、本人の健康状況等の個別的な事情を総合的に判断して、合理的と認められる程度の期間をいいます。たとえば、本人が病気である、あるいは現に身柄拘束されている等の特段の事情がなければ、それほどの期間を経過することなく入国審査官の面前に出頭することは可能な時間であると考えられます。

 

 

つぶやき

刑事事件では、地方裁判所及び高等裁判所はいずれも難民であるとして、刑の免除の適用にあたっては判断がわかれました。

 

しかし、この外国人は、難民認定申請をしていましたが、法務大臣は難民の認定をしない処分をしたことから、この処分を取り消すなどの行政訴訟を提起しました。

 

第一審の広島地方裁判所は、ハザラ人であるアフガニスタン国籍を有する外国人の原告に対してタリバン政権によって敵視され、迫害を受けていたとして難民に該当すると判断しました。

 

この判決に対して被告(国)から控訴がなされました。

 

控訴審である広島高等裁判所は、国の主張を認め、被控訴人(アフガニスタン国籍を有する外国人)が難民としてタリバンによる迫害を受けるおそれがあったと主張する時期には、タリバンは統治機能を喪失しており、組織も崩壊していたので、タリバンの残存勢力等がハザラ人等に対し,その生命,身体に対する危害を加えた場合,政府当局がこれを容認ないし放置していた状況を認めるに足りる証拠はなく,これらの事情に照らすと,本件各処分時において,被控訴人についてタリバンから迫害を受けるおそれが客観的に存在していたものということはできないなどと述べて、その請求はいずれも理由がないから棄却すべきところ,これと結論を異にする原判決は相当でないから,これを取り消して,被控訴人の請求をいずれも棄却するとして、原判決を取り消しました。

 

本国情勢について、政府が生命、身体に対する危害を加えることを容認や放置していた状況を認めるに足りる証拠はないという控訴審の説示は、難民認定申請者にとってはかなりハードルの高い立証責任を求められることになるのではと懸念がないわけではありません。

 

今回は、入管法に規定する刑の免除の判決というあまりない事例をご紹介するとともに、同じ事情を前提として刑事では地裁・高裁ともに難民と認め、民事では地裁と高裁で結論が異なるという難民認定の難しさについてつぶやきました。
 

(了)

著者等

顧問/コンサルタント

安冨 潔 Kiyoshi Yasutomi

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