[コラム] 「霞が関からのつぶやき #04 シー・シェパード事件」:安冨潔弁護士(顧問)

シー・シェパード事件

霞が関からのつぶやき #04

2023.6.2

環境保護団体による調査捕鯨妨害活動

ある日の法廷で

2010年7月7日、東京地方裁判所は、威力業務妨害、傷害、器物損壊、艦船侵入、銃砲刀剣類所持等取締法違反で起訴された外国人被告人に
 
「被告人を懲役2年に処する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
押収してあるナイフ1丁を没収する。」
 
との判決を言い渡しました。

 

事件のあらまし

この事件は、2010年2月11日に、南極海で、反捕鯨団体「シー・シェパード環境保護団体」(通称「シー・シェパード」と呼ばれています。)のメンバーである外国人である被告人が、調査捕鯨を行っていた日本の船舶に対し、酪酸1入りの瓶をランチャーで発射し、乗組員数人が飛沫を顔に浴びるなどして負傷したというものです。
 
シー・シェパードは、アメリカ合衆国ワシントン州フライデーハーバーに本部を置く海洋生物保護を掲げる非営利組織の団体です。この団体は、1997年にポール・ワトソンが設立したのですが、過激な行動で知られていました。ことに2005年からは南極海での日本の調査捕鯨を妨害するようになりました。
 

1酪酸は、ブタン酸とも呼ばれ、特徴的な臭気のある、無色の油状液体で、眼、皮膚、気道に対して腐食性を示し、水性生物に有害な物質で、海洋汚染防止法で有害液体物質(Y類物質)(施行令別表第1)、消防法で4類引火性液体、第三石油類水溶性液体(法第2条第7項危険物別表第1・第4類)等と指定されています。

事件はこうして起こった

シー・シェパードに所属していた被告人は、2009年12月ころから、アディ・ギル号という小型船舶を使って調査捕鯨を妨害するようになりました。
 
2010年1月6日、調査捕鯨船団に属する第二昭南丸と被告人が操船するアディ・ギル号とが公海上で衝突しました。第二昭南丸は、日本国籍の船舶5隻で編成された鯨類捕獲調査船団のなかの1隻で、鯨類の目視調査のほかに、シー・シェパードの妨害行為の阻止と排除を任務としていました。
 
第二昭南丸と衝突したアディ・ギル号は大破して航行不能となりました。
 
そこで、被告人は、別のシー・シェパードの船舶に乗船するなどして、調査船団に対する妨害を続けていました。
 
2010年2月11日午後11時(日本時間)ころ、被告人は、スティーブ・アーウィン号から降ろされたエンジン付きゴムボートに乗って第二昭南丸に接近して、他のシー・シェパードの仲間と共に、同船に向けてガラス瓶様のものを投げ入れようとしたのですが、ガラス瓶様のものは同船に設置された侵入防止ネットに阻まれました。
 
そのため、被告人は、圧縮空気式発射装置を用いて、酪酸の入ったガラス瓶を併走する第二昭南丸左舷側船橋部をめがけて打ち込みました。
 
酪酸の入ったガラス瓶は、狙った左舷側船橋部に当たり破裂してガラス片及び瓶内にはいっていた酪酸が左舷側船橋甲板及び左舷側上甲板等に飛散しました。
 
酪酸の飛沫は、甲板上で作業をしていた乗組員Xの顔面に付着し、Xは全治約1週間を要する顔面化学熱傷の傷害を負いました。

 

その後の被告人のとった行動

被告人は、アディ・ギル号が第二昭南丸と衝突後したことの責任は第二昭南丸にあると思いこみ、その責任を追及しようとしました。
 
被告人は同船に侵入することを決意し、2010年2月15日午前7時30分(日本時間)ころ、シー・シェパードの仲間が操縦し、テレビ番組のカメラマンが同乗するジェットスキーに乗り、航行中の第二昭南丸に密かに接近しました。
 
そして、被告人は、第二昭南丸の左舷側上甲板外縁部に両足を乗せて、設置されていた侵入防止ネットを所持していたナイフで切断して、同船左玆側上甲板上に立ち入ったのです。
 
被告人は、第二昭南丸に侵入した後、所持していたナイフを船内に隠し、2010年2月15日午前8時58(日本時間)分ころ、操舵室に赴きました。
操舵室に入った被告人は、同船の乗組員らに発見されました。

そして、船長は、その権限に基づき、被告人を船内で監視下におくこととしました。
かくして、第二昭南丸は調査船団から離脱して日本に赴くこととなりました。
 
なお、被告人は、船内に隠したナイフについて、同船が日本に到着するまでの間に一時的に隠していた場所から回収し、自分が使っていた船室内に移していました。
 

日本に到着した被告人

2010年3月12日、第二昭南丸は、東京港に到着し、被告人は、同日午前11時16分、同船室内で海上保安官により艦船侵入罪により通常逮捕されました。
 
海上保安官は、被告人を逮捕したことから、逮捕に伴う捜索をすることとしました。
 
すると、被告人は「所持品がある。」と述べて、左足首部分を指差し、着用していた作業着の裾をまくりあげました。
 
海上保安官は、被告人の左足靴下の内側にナイフがあったのを認め、そのナイフを差し押さえたのでした。
 

被告人が弁護人に語ったこと

被告人は弁護人と接見した際、自分の活動を語る一方で「けがをさせようと乗組員を狙ったわけではない」と強く主張しました。
 
勾留されていることについては、特段不満を述べることもありませんでしたが、家族との連絡がとれないことの不満を述べていました。

 

起訴された被告人

2010年4月2日、被告人は東京地方裁判所に威力業務妨害、傷害、器物損壊、艦船侵入、銃砲刀剣類所持等取締法違反で起訴されました。

 

公訴事実

 

第1 財団法人日本鯨類研究所が農林水産大臣の許可を受けて実施中の南極海鯨類捕獲調査を妨害することを企て、氏名不詳者らと共謀の上、平成22年2月11日午後11時(日本時間)ころ、南緯60度9分、東経60度9分付近の南極海(公海)上において、航行中の日本国籍船舶である第二昭南丸の左舷側船橋甲板及び同上甲板上等で同船船員らが、前記財団法人の要請を受けて、シー・シェパードの構成員らによる前記調査への妨害行為の排除等の業務に従事しているのを現認しながら、ボート上から、前記第二昭南丸左舷側船橋部を目がけて酪酸の入ったガラス瓶を圧縮空気式発射装置から発射し、同所に激突させ同ガラス瓶を破裂させて、ガラス片及び同ガラス瓶内の酪酸を前記船橋甲板及び上甲板上等に飛散させ、前記上甲板上で前記業務に従事していた同船船員X(当時24歳)に対しその顔面等に酪酸を浴びせる暴行を加えるとともに、前記船橋甲板及び上甲板上等に異臭を拡散させるなどし、同船船員らの前記業務の遂行を著しく困難にさせ、もって威力を用いて人の業務を妨害するとともに、前記暴行により、前記Xに全治まで約1週間を要する顔面化学熱傷の傷害を負わせ

 

第2 氏名不詳者らと共謀の上、正当な理由がないのに、同月15日午前7時30分(日本時間)ころ、南緯57度、東経65度付近の南極海(公海)上において、同海域を航行中の船長Yが看守する前記第二昭南丸の左舷側上甲板外縁部に両足を乗せて、同所に設置された共同船舶株式会社(代表取締役○○○○)所有の侵入防止ネット(時価約13万円相当))を持っていたナイフで切断して同船左舷側上甲板上に立ち入り、もって他人の器物を損壊するとともに、人の看守する艦船に侵入し

 

第3 業務その他正当な理由による場合でないのに、前記第2の日時に、前記第二昭南丸左舷側上甲板上において、前記ナイフ(刃体の長さ約19センチメートル)1丁を携帯し

 

たものである。

 
公判前整理手続に付された事件ではありませんでしたが、裁判所の意向もあって、裁判所、検察官、弁護人の打合せ期日が2010年4月28日、同5月7日、同5月12日、同5月24日と4回開かれ、2010年5月27日を第1回公判期日と定められました。
 
公判に先立ち、検察官から積極的に証拠開示を受けていたので、第1回の事前打ち合わせでは、検察官から証明予定事実メモが提出され、弁護人からも「傷害の故意・因果関係・傷害の程度を争う。その余は争わない。」旨の主張が示されました。その上で、争点整理と立証計画が話し合われました。
 
その後は、公判期日での立証計画が検察官・被告人側双方から提示され、裁判所が調整するという審理予定の策定が行われました。
 

第1回公判期日

第1回公判期日において、被告人は公訴事実についての外形的事実は認めるものの、「いかなる人も傷つける意図はなかった」と傷害罪の故意を否認する旨の意見を述べました。
 
検察官は、冒頭陳述で、「甲板上に多数の乗組員がいるのを見ながら危険な液体である酪酸入りのガラス瓶を乗組員の近くに発射した」として威力業務妨害罪及び傷害罪が成立し、さらに「調査捕鯨の妨害中に船が衝突し、その責任を追及する名目で侵入防止ネットを持っていたナイフで切断して捕鯨船に無断で侵入した」として器物損壊・艦船侵入罪が成立するなどと主張しました。
 
これに対して、弁護人も冒頭陳述を行い、被告人がランチャーを使って酪酸入りのガラス瓶を発射し、これが第二昭南丸左舷側船橋部操舵区画の壁面に当たって割れて瓶内の酪酸が流出したということは争わないものの、
 
① 乗組員がこれにより傷害の結果と負ったとする因果関係は認められない
② 発射行為は人に向けられたものではないので暴行には該当しない
③ 甲板上に乗組員がいるという認識はなかった
④ 瓶に入っていた酪酸の酸性度は低く、その有害性についての認識もなかった
 
と具体的な争点を明らかにして傷害の故意はないと主張しました。
 

その後の公判審理の経過

公判審理は、5月27日、28日、31日と午前・午後と終日行われました。
 
第1回公判期日では、冒頭陳述に引き続いて、威力業務妨害、傷害事実を立証するために、その犯行状況や乗組員の負傷状況、さらにアディ・ギル号が第二昭南丸と衝突した状況等を撮影したDVDが上映されました。
 
そして、その後の公判期日においては、同意書証の取調べ、3名の乗組員の証人尋問のほか、被告人質問が実施されました。
 
被告人質問では、傷害罪についての故意、因果関係の不存在や艦船侵入にあたっての動機などを中心に質問することとし、被告人も質問をよく聞いて簡潔に話してくれました。
 
なお、被告人質問がシー・シェパードの活動や妨害活動の正当化を主張する場面となることを懸念してか、裁判長から「この裁判の争点は傷害罪の成否であり、特定の団体の主張や、日本の調査捕鯨の当否を問題にする場ではない」ことを踏まえて話して下さいとの注意がありました。
 
その上で、6月10日(木)、検察官による論告・求刑、被告人側の弁論及び最終陳述が行われました。
 
被告人の最終陳述では、書面を用意し、これまでの自分を振り返り、最後に「私は、今後も誰も傷付けたくありませんし、日本の皆さんと、捕鯨に関する意見の対立が一日も早く終わることを、心から望んでいます。」と日本語で語りました。
 
判決期日は、7月7日(水)と決まりました。
 

判決

裁判所は、起訴状記載の公訴事実を認め、弁護人の主張を斥けて、有罪と認定しました。
 
<認定事実の概要>
シー・シェパードの構成員である被告人が、同団体の関係者らと共謀の上、
 
① 南極海で行っている調査捕鯨を妨害するため、調査捕鯨船団を構成する第二昭南丸に対し、同船左舷側甲板上に乗組員がいることを認識しながら、ランチャーを用いて酪酸入りのガラス瓶を発射し、これを船体に衝突・破裂させ、その酪酸を飛散させて、その悪臭等により威力をもって同船の乗組員らの業務遂行を妨害するとともに、乗組員1名に酪酸を付着させて顔面化学熱傷の傷害を負わせ、
② 第二昭南丸の侵入防止ネットをナイフで切断し、器物を損壊して同船内に侵入したほか、
③ その侵入時、単独で、同船内において上記ナイフを不法に携帯した、
 
という事案であるとしました。
 
<量刑について>
被告人の一連の行動は、主義主張のためには乗組員に危害を加えてもかまわないという独善的、確信犯的な発想に基づくものであり、本件犯行加担の経緯、動機に酌むべき点はないとして、被告人の刑事責任は重く、今後、同種事犯の再発を防ぐとの観点から、被告人を厳罰に処することも考えられるとしつつ、被告人は、本件発射行為と傷害との因果関係や傷害の故意は争ったものの、外形的事実自体は認め、その余の犯罪の成立をすべて認めており、今後は、南極海での反捕鯨活動には参加しない旨も法廷で明言しているなどと説示しました。
そして、被告人を執行猶予のついた有罪としたのです。
 

退去強制処分により帰国した被告人

被告人は、早期に帰国して家族と会いたいと述べていたことから、判決言渡し受けて、被告人と接見し、判決の内容や今後の手続について説明したところ、上訴を放棄するという意思を表明しました。

 

被告人は、刑事事件とは別に、日本船籍の艦船に侵入したということで、出入国管理及び難民認定法第24条第1号の不法入国という退去強制事由に該当することから、東京出入国管理局において所用の手続がとられて収容され、2020年7月9日に成田空港から母国に強制送還されました。

 

 

つぶやき

起訴前に接見した際には、かなり興奮しているときもあり、調査捕鯨に対する妨害活動を正当化して、自己の主張を蕩々とのべることもありました。しかし、選任された弁護人が、ほぼ毎日接見し、話しあううちに打ち解けて本音を語るようになりました。弁護団としては、母国を離れ、なれない環境にいる被告人のことを思いつつ、戦略的な弁護に務めるように心がけました。
 
被告人質問では、弁護側3時間、検察官側2時間と休廷を挟んで行われましたが、外国人が被告人であることから通訳を介しての被告人質問なのでどうしても時間がかかります。
 
被告人の最終陳述の最後の部分は、日本語で話してもらおうということになり、拘置所で練習してもらいました。
 
被告人はニュージーランド国籍なので、英語を話すのですが、やはり慣れないと聞き取りにくいところがあります。
法廷通訳人はきれいな英語を話されましたが、ときどき被告人に聞き返すなど苦労されておられました。
 
また、この事件では、調査捕鯨への過激な妨害行為で知られるシー・シェパードのメンバーが日本の刑事裁判で裁かれるのは初めてということもあってか、多数の傍聴希望者があり抽籤で傍聴券が配布され、また法廷も厳重な警備が敷かれ、弁護人に対しても同様に裁判所が配慮してくれるという体制での公判期日でした。
 
ことに傍聴者のなかにシー・シェパードの活動に批判的な人がいて、判決言渡しに対して暴言を吐いたことから、裁判長から法廷等の秩序維持に関する法律に基づき退廷が命じられるということもあったのでした。
 
 
判例時報2111号138頁
判例タイムズ 1374号253頁
LLI/DB L06530291
WestLaw 2010WLJPCA07076004
 
(了)

著者等

顧問/コンサルタント

安冨 潔 Kiyoshi Yasutomi

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