[コラム] 「霞が関からのつぶやき #06 B-CASカードの不正改ざん」:安冨潔弁護士(顧問)
B-CASカードの不正改ざん
霞が関からのつぶやき #06
2024.7.4
不正に改ざんされたB-CASカードがネットで販売された!
2012年1月、「BLACK-CAS」と呼ばれるカードがネット上で発売されました。このカードは、デジタル放送の視聴に必要な「B-CASカード」の情報を不正に改ざんして有料放送を無料で視聴できるようにするものです。
また、2012年5月には、B-CASカードを不正に改造して、有料放送を視聴できるとする方法が一部のインターネット上のサイトに掲載されました。
不正に改ざんされたB-CASカードは、有料衛星放送の契約者以外の者の視聴を制限するため営業上用いている技術的制限手段を妨げることによりその視聴を可能にするだけでなく、無料で有料衛星放送を思いのまま見ることができるようにするもので、有料放送を営業する会社の業務に重大な支障を生じさせることになります。
2012年6月になって、京都府警警察本部サイバー犯罪対策課は、インターネットオークションで「BLACK-CAS」カードを販売した事案について、不正競争防止法違反の疑いで、またB-CASカードを不正に改ざんし有料放送を自宅において無料で見られるようにした事案について、私電磁的記録不正作出などの疑いで被疑者を逮捕しました。
B-CASカードってどんなカード?
B-CASカードは、デジタル放送受信機に同梱されているICカードです。
テレビを購入したときに、台紙に貼り付けた状態で同梱されている赤色や青色面に白字の矢印の中にB-CASと記載されているカードです。
「B-CASカード」は、2000年にBSデジタル放送が開始された際、設立されたビーエス・コンディショナルアクセスシステムズ社の頭文字を使って作られた名称で、商標登録されています。
「B-CASカード」は、いわゆるB-CASカード方式という「限定受信システム」を採用し、カードチップに記録された電磁的記録を蔵置するカードをデジタル放送受信機に挿入することにより、有料放送などの個別視聴制御を行います。
デジタル放送に対応した限定受信システムでは、有料放送事業者から放送される映像および音声信号は、スクランブル鍵と呼ばれる暗号鍵で暗号化して送出されます。有料放送事業者は、この暗号鍵をECM(Entitlement Control Message)という共通情報に含めて電波で送出します。ECMはワーク鍵と呼ばれる暗号鍵で暗号化されています。
B-CASカードには一枚ごとに固有のID番号とマスタ鍵と呼ばれる暗号鍵とが記録されています。
有料放送事業者は、加入契約者に対して、加入者の個別契約内容を示す情報及び個別制御情報等を加入契約者のB-CASカードに対してマスタ鍵で暗号化して、EMM(Entitlement Management Message)として電波で送付します。
他方、デジタル放送受信機は、放送波によって送出された暗号化された映像および音声信号、多重化されているECM信号、EMM信号を受信し、それらを分離してB-CASカードに出力します。
B-CASカードでは、加入契約者の場合、カード内のマスタ鍵を用いてワーク鍵を復号し、そのワーク鍵を用いてスクランブル鍵を復号し、そのスクランブル鍵をデジタル放送受信機に出力します(非加入契約者の場合、スクランブル鍵は出力されないので視聴できません)。
デジタル放送受信機は、受信機内のあらかじめ定められたプログラムに従って自動的にデータ処理を行う電子装置である「デスクランブラ」と呼ばれるユニットにおいて、スクランブル鍵を用いて暗号化された映像および音声信号を復号し、視聴可能な状態にして、映像および音声をディスプレイやスピーカに出力するのです。
これが、「B-CASカード」を使用した限定受信方式の基本原理の概略です。
B-CASカードを不正に改ざんしたりすると犯罪になるの?
(1)B-CASカードの電磁的記録の不正作出
刑法第161条の2第1項(以下「私電磁的記録不正作出罪」といいます。)は、「人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」と規定しています。
刑法では、電磁的記録とは、「電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるもの」(7条の2)をいいます。
そして、電子計算機というのは、いわゆるコンピュータのことですが、刑法で定義されていませんが、あらかじめ定められたプログラムに従って自動的にデータの処理を行う電子装置のことと一般に解釈されています。
そこで、私電磁的記録不正作出罪における電子計算機は、それが事実証明に関する電磁的記録を使用するに足りる規模や性能を有するものをいいます。
私電磁的記録不正作出罪は、情報社会の進展に伴って、電磁的記録が重要な役割を果たすこととなったことから、電磁的記録にふさわしい刑法上の保護を図ることとしたものです。
この罪で対象となるのは、人の事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録です。
B-CASカードは、有料放送事業者から放送される映像および音声信号をB-CASという「限定受信システム」を用いて暗号化した放送信号を復号するカードチップを蔵置したものであり、カードチップには、事実証明に関する電磁的記録が記録されているものであることから本罪の電磁的記録にあたるといえます。
私電磁的記録不正作出罪が成立するためには、「人の事務処理を誤らせる目的」がなければなりません。
この目的は、財産上、身分上その他の人の生活関係に影響を及ぼし得ると認められる事柄の処理を誤らせる目的をいいます。
「誤らせる」としたのは、人の事務処理の用に供する目的で無権限者が作出したコピーのように、たとえ不正につくられたものであっても、記録内容が同一であるため原本ないし正規に作られたコピーと同一の機能を果たす場合があり、これが一定のシステムで用いられても、その証明機能を害して人の事務処理に実害を及ぼさないこともあり得ることから、処罰範囲が必要以上に拡大することのないように限定しているのです。
B-CASカードは、「限定受信方式」での電磁的記録を記録したものであることから、権限なく又は権限を濫用して電磁的記録を作出した場合には、このカードを用いて放送事業者の財産上の事務処理を誤らせる目的があるといってよいでしょう。
電磁的記録を「不正に作った」というのは、権限なく又は権限を濫用して電磁的記録を作ることです。
B-CASカードは、視聴者が有料放送の契約を放送事業者に申し込むことにより、B-CASカードに内蔵された固有の暗号鍵が共通情報によって解除され、復号後の契約情報が放送波に含まれる暗号化された情報を復号し、復号後の契約情報によって視聴判定がなされて放送波に含まれる暗号化された番組情報を復号することによって、放送波に含まれる暗号化された映像および音声信号が視聴可能になるというシステムであることから、B-CASカードに権限なく又は権限を濫用して、電磁的記録を改ざんする行為は、私電磁的記録の不正作出行為に該当するといえます。
(2)不正に作成された不正に作成されたB-CASカードの利用
刑法第161条の2第3項(以下「不正作出私電磁的記録供用罪」という。)は、「不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、第1項の目的で、人の事務処理の用に供した者は、その電磁的記録を不正に作った者と同一の刑に処する。」と規定しています。
「人の事務処理の用に供し」というのは、不正に作出された電磁的記録を他人の事務処理のため、これに使用される電子計算機において用いうる状態に置くことをいいます。
したがって、不正に作出されたB-CASカードをカードに記録された電磁的記録を読み取る電子装置を備えた受像機に挿入することは、不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、人の事務処理を誤らせる目的で、人の事務処理の用に供したといえるので、不正作出私電磁的記録供用罪に該当することになります。
裁判所はどのような解釈をしたのでしょうか?
被告人は、自宅でパーソナルコンピュータ及びこのコンピュータに接続したICカードリーダー・ライターを用いて、B-CASカードに記録された電磁的記録を改ざんし、これをテレビに接続したチューナー内蔵レコーダーに挿入し、有料放送を自宅で無料で見られるようにしたとして私電磁的記録不正作出・同供用罪で起訴されました。
第一審裁判所は、B-CASカードは、権利・義務の発生・存続・変更・消滅に関わる電磁的記録であり、B-CASカードを用いた事務処理も観念できるところ、被告人が各B-CASカードの電磁的記録を改変する行為は、私電磁的記録不正作出罪の構成要件を客観的に充足しているとし、被告人が本件改変に及んだ目的は地デジ難視対策衛星放送の視聴のみにあったものと認定しつつ、そうであったとしても、私電磁的記録不正作出・同供用罪の成立が成立すると説示しました。
これに対して、被告人から控訴がなされました。
控訴審は、
B-CASカードに記録された電磁的記録は、衛星放送事業者から送信される事業者ごとの視聴契約情報に基づき、当該カードを所持しその使用権限を有する一般視聴者の衛星放送受信権限について、衛星放送ごとに受信権限の有無及びその期限を記録することによって、受信権限のある者による受信を可能にし、受信権限のない者による受信は不能にするものであるから、視聴契約に基づく受信権限の有無により個別の受信機による当該衛星放送受信の可否、ひいてはその視聴の可否を管理するという、衛星放送事業者の財産上又は社会的責務上の事務処理の用に供する電磁的記録であるとともに、衛星放送事業者との視聴契約に基づく受信権限に関する電磁的記録であるともいうことができる。
そして、被告人が本件各B-CASカードに記録された電磁的記録を改変した行為は、被告人が、受信権限のない衛星放送を受信して視聴するため、上記電磁的記録を、あたかも被告人に当該受信権限があるかのように当該衛星放送事業者の許諾を得ることなく書き換えるものであるから、同事業者の上記事務処理を誤らせる目的で、同事業者の上記事務処理の用に供している、同事業者との視聴契約に基づく受信権限に関する電磁的記録の不正作出に当たるということができる。
さらに、被告人が、改変した上記電磁的記録を記録した各B-CASカードを、テレビに接続された衛星放送受信可能なチューナー内蔵レコーダーに挿入した行為は、被告人が衛星放送事業者との視聴契約に基づく受信権限のない衛星放送を受信して視聴するため、あたかも被告人に当該受信権限があるかのように当該衛星放送事業者の許諾を得ることなく、書き換えられた同事業者との視聴契約に基づく受信権限に関する電磁的記録を、同事業者の上記事務処理の用に供したこと(供用)に当たるといえるのである。
と説示して、控訴を棄却しました1。
つぶやき
この事件のあとも、
2014年8月に「BLACK-CASカード」を台湾から日本に販売していたグループを台湾警察が摘発した事件
2016年6月に有料放送を無料で視聴できるようにする不正なプログラムをインターネットで公開した少年を警視庁などが逮捕した事件
2017年に11月にネットオークションを通じて改ざんプログラムを販売していた者を佐賀県警が逮捕した事件
などがありました。
さらに、
2020年には不正改ざんB-CASカードを同僚に譲渡したとして、フェリー会社社員が不正競争防止法違反の疑いで海上保安本部に逮捕され、関連して同社所有フェリーの乗組員ら31名についても、フェリー乗員室などで不正改ざんB-CASカードを使用して不正に視聴したとして不正作出私電磁的記録供用などの疑いで書類送検されたこともありました2。
B-CASカードの改ざんや不正改ざんB-CASカードを使用した視聴は犯罪行為となるだけでなく、民事責任も生じます。
安易な気持ちで不正な行為をすることはけっして許されることではありません。
2https://www.kaiho.mlit.go.jp/info/books/report2021/html/honpen/1_03_clm04.html
著者等
顧問/コンサルタント
安冨 潔 Kiyoshi Yasutomi
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