[コラム] 「民訴法学あれこれ #09 弁護士法違反の訴訟代理人の排除」:高橋宏志(顧問)

民訴法学あれこれ #09

2026.05.29

 

私は、50年以上、民訴法の研究者として過ごしてきた。その間に、民訴法学もずいぶんと変わったということができ、そのいくつかを綴ってみることとする。老爺の語る今は昔、の物語である。

 

今回は、少し毛色は変わるけれども、弁護士法25条違反の訴訟代理人の排除の問題を採り上げる。弁護士法25条違反といっても、いくつか種類があり異なるので、1項2項の相談した弁護士が相手方に付いた広義の双方代理の場合で考える。すなわち、1項では、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件で、2項では、相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるものにつき、弁護士は職務を行なってはならないと定められている。たとえば、交通事故の不法行為を起こしたとXから申し立てられ苦慮していたYが、どう対応すべきかをA弁護士に相談したとしよう。どのような事故であったか、自分の方の過失として何が考えられるか、相手方にも過失はないか(過失相殺)、賠償額はいくらぐらいと予想されるか等々をA弁護士に相談し、A弁護士から法的アドバイスをもらっていたとしよう。ところが、実際に提訴されたところ、原告Xの訴訟代理人に、そのA弁護士が受任して付いていたとする。Yは、喫驚するであろう。手の内が相手方Xに筒抜けになってしまっているからである。また、弁護士がこういう行動をとることで、司法制度、弁護士制度に対する信頼を失い、怒りさえ覚えるであろう。そこで、弁護士法は、こういう職務活動をしてはならないと規定したのである。

 

しかし、法は破られることがある。その場合、提訴された後、YおよびYから受任したB弁護士は、当然、A弁護士の非をならすであろう。弁護士法25条違反はあったと前提すると、Yは弁護士会にA弁護士の懲戒を申立てることができる(弁護士法58条)。この違反は悪質であるので、弁護士会は懲戒としても重い一定期間の業務停止を言い渡すと思われる。この成り行きはよい。弁護士法違反に対する弁護士法の中での対応は、懲戒だからである。そして、業務停止になり弁護士職務を行なえなくなるのであるから、業務停止中の弁護士は訴訟代理をすることができない。A弁護士は、裁判所により訴訟手続から排除されることになる。ここまでは、弁護士法と民訴法との適用上、明らかであり問題はない。

 

しかし、まだ懲戒処分が出る前の段階では、どうか。処分が出ていないのであるから、弁護士はまだ職務を行なうことができる。しかし、弁護士法25条違反の行為はすでになされている。懲戒処分の前でも、裁判所は当該弁護士を訴訟から排除すべきか、排除してよいか。民事訴訟法は、これについて語ることがない。規定がない。これが、弁護士法25条違反の訴訟代理人の排除という問題である。

 

学説は、種々あるが、大きく分けて3つの立場がある。1つは、弁護士法の規定だけの問題であり、民訴法は関係しない。すなわち、民訴法上は、当該弁護士が排除されることはないという立場である。違反弁護士のした訴訟行為が無効となることもない。兼子理論がそうであり、学説上は、有力な見解である。ただし、これで司法制度、弁護士制度の信頼が保たれるかには疑義もあろう。

 

他方で反対に、懲戒処分の元となった弁護士法違反の事実は処分以前から存在しているのであるから、その違反行為の時から弁護士は排除されその訴訟行為は無効となるとする第2の説がある。しかも、弁護士の倫理ないし品位の保持という公益的性格を強調し、絶対的に無効だとする。となると、すでになされた訴訟行為も遡って無効となる。しかし、絶対的に無効だとなると、相手方当事者(前述のY)は訴訟行為が無効となることを知っていながら敢えてA弁護士にそのまま訴訟活動をさせておき、負けそうになってから、または判決で負けてから無効を主張して判決ないしそれまでの訴訟手続全体を覆滅させるという不適切な訴訟戦術を採る危険がある。そこで、第3の説として、弁護士法違反を主張する側の当事者(前述のY)が、適時に異議を述べるべきであり、適時に異議を述べたときには当該弁護士が排除されるが、適時ではなく後になってからであれば異議を述べることはできない(責問権の規律)という説が登場する。自分が相談した弁護士が相手方に付いたことはすぐに分かるであろうから直ちに異議を述べることはできるはずであり、それによって、その後の訴訟活動は排除することができるのであるから、それなりにバランスは取れている。ただし、この異議説に立った場合、違反した訴訟代理人のした訴訟行為が遡って無効となるかについては、無効とならないという理解と無効となるという理解とがある。無効となると解すると、当該訴訟代理人のした訴訟行為が遡って無効となるのであるから、A弁護士による訴状提出も無効となり当事者本人(前述のX)は再提訴をしなければならなくなる。そして、再提訴の時点では、出訴期間が徒過していたり、消滅時効が完成したりしていることが起こりうる。弁護士法違反の事実をその弁護士に委任した当事者本人(前述のX)が知っているとは限らない以上、これは相手方当事者本人(X)にとって酷となりうる。そこで、無効な訴訟行為の追完等で対応すべきだ、無効な訴訟行為を有効とする途を用意すべきだという見解も示されている。以上が、学説であり、判例は第3の異議説に立っており(最大判昭和38・10・30民集17巻9号1266頁)、通説でもある。ただし、今回は、これらの諸説を論ずるのではない。以上を前提として、最近の判例を見てみようというのである。

 

最決(二小)令和3・4・14民集75巻4号1001頁の事案である。共同事務所に所属する複数の弁護士の1人に弁護士法違反ないし弁護士職務基本規程違反があり職務を行なえない場合、その事務所の弁護士全員が同じく当該職務を行なってはならないというのが弁護士会が制定した弁護士職務基本規程57条の規律である。ただし、その共同事務所の中で、截然と区分けをし、弁護士法違反の弁護士の職務が他の弁護士の職務と関わりをもたないようにしている場合、条文の表現では「職務の公正を保ち得る事由」があるときは、その限りでないとされる。この事案では、まさにそれが問題であった。X1およびX2は、令和元年11月、Yに対し、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を提起した。弁護士Aは、令和元年10月まで、X1会社の組織内弁護士として本件訴訟提起の準備を担当していたが、同年12月にX1会社を退社し、令和2年1月、弁護士BおよびCが所属する法律事務所に異動した。B弁護士らは、その12月に、本件訴訟においてYの訴訟代理人となった。以上を知ったX1会社らは、A弁護士が本件訴訟につき職務を行い得ないのであるから、A弁護士と同じ法律事務所に所属するB弁護士ら(いわゆるボス弁、つまり指導する立場の弁護士)が本件訴訟においてYの訴訟代理人として訴訟行為をすることもできないと主張して、B弁護士らの排除を求めたのである(厳密には本件は弁護士法違反の訴訟代理人の排除の問題ではなく、弁護士職務基本規程違反の訴訟代理人の排除の問題というべきであるが、表題では細かな表現にはこだわらないこととした)。

 

原々審(地裁)、原審(高裁)は共に、職務基本規程57条に違反する訴訟行為について、相手方である当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその排除を求めることができるとした上で、本件訴訟におけるB弁護士らについて、原々審は、同条ただし書にいう「職務の公正を保ち得る事由」があると認め、同条に違反しないとしたのに対して、原審は、「職務の公正を保ち得る事由」があるとは認められず、同条に違反するとして、B弁護士らを排除する旨の決定をした。

 

これに対し、最高裁は、下記のとおり判断して、原決定を破棄し、本件申立てを却下した原々決定に対する抗告を棄却した。B弁護士らは排除されないとしたのである。地裁の結論が支持されたのであるが、理由はまったく異なる。

 

判旨は、「弁護士職務基本規程は、日本弁護士連合会が、弁護士の職務に関する倫理と行為規範を明らかにするため、会規として制定したものであるが、基本規程57条に違反する行為そのものを具体的に禁止する法律の規定は見当たらない。民訴法上、弁護士は、委任を受けた事件について、訴訟代理人として訴訟行為をすることが認められている(同法54条1項、55条1項、2項)。したがって、弁護士法25条1号のように、法律により職務を行い得ない事件が規定され、弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為がその規定に違反する場合には、相手方である当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるとはいえ、弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為が日本弁護士連合会の会規である基本規程57条に違反するものにとどまる場合には、その違反は、懲戒の原因となり得ることは別として、当該訴訟行為の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。よって、基本規程57条に違反する訴訟行為については、相手方である当事者は、同条違反を理由として、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることはできないというべきである」というものである。共同事務所の弁護士の職務の問題が、弁護士職務基本規程には規定があるが、弁護士法には規定がないことに着目した処理である。

 

さて、この判決には、情緒的な表現で恐縮だが、どうも「引っかかる」ところがある。第1に、国の法律ではない日弁連の弁護士職務基本規程は訴訟手続には影響しないというのが、大上段の議論すぎると感ぜられる。理論として成り立ちうる理屈ではあるけれども、こういう法源論は、身も蓋もない、取り付く島もないという印象を与える。企業の就業規則などは、裁判所も当然考慮するから、内部規律が裁判に影響しないとは言えない。確かに、この判決が意味するのは職務基本規程違反が訴訟手続には影響しないということだけであり、日弁連がした懲戒処分の取消しを求める訴えが弁護士側から東京高裁に出されたときには(弁護士法61条)、懲戒事由の有無、従って弁護士職務基本規程の解釈を裁判所はするのであるから、この判決の処理が背理だという訳でもない。しかし、共同事務所の他の弁護士が職務をしてよいか否かにつき解釈を通じての細かい利害調整の道を初めから大きく閉ざしてしまうこととなり、どうも議論が大上段、大雑把すぎると感ぜられてしまうところがある。

 

第2に、これが肝腎の点であるけれども、前述のように、共同事務所の弁護士の1人が職務を行ないえないとき、同じ事務所の他の弁護士はその職務の訴訟行為を行なうことができるのかどうかという問題に対して、最高裁は解決を示していない。相手方当事者(前述のX1会社ら)としては納得が行かないであろう。信頼して相談した弁護士に、いくらまでなら賠償金を払ってもよいなどと漏らしていたとするとき、それが相手の弁護士の主張の中に出て来た場合は、さすがに弁護士の守秘義務違反の主張として却下されるであろうけれども、手の内を知られている弁護士が相手の訴訟代理人となった訴訟の判決に当事者本人がすんなり納得できるか、納得すべきかである。判例も、弁護士法25条は「弁護士の品位の保持と当事者の保護とを目的とするものである」とし、当該弁護士を排除できないとすると相手方当事者の保護に欠ける、としてきたのである。これは、弁護士法25条違反の場合だけでなく弁護士職務基本規程57条の共同事務所の弁護士の場合にも、同様に当てはまるのではなかろうか。そもそも、共同事務所の弁護士に対する規律が弁護士法にないのが、国家法の欠缺というべきなのである。それを弁護士会の職務基本規定が埋めているのであり、また、国家法の欠缺を埋める解釈を示すのは判例法の役割のはずである。大げさに言えば、最高裁はこの役割を回避した、逃げたという評価さえ可能となる。繰り返すが、確かに、懲戒処分の取消し訴訟が提起されれば、裁判所は職務基本規定の解釈を示すのであるから、最高裁が判断を完全に逃げている訳ではない。しかし、懲戒処分はいわば事後的救済であり、当事者本人としては、そういう弁護士が相手方に付いた訴訟手続そのものが受け入れがたいというのが自然の道理であり、事前の救済(弁護士の排除、訴訟行為の無効)を望むはずである。その上、職務基本規定違反は訴訟手続には影響しないとしてしまう判旨は、共同事務所の事案でだけではあるものの、それまでの判例(そして通説)の異議説と齟齬を生ずるとも見られる。学者によっては、この判決は、異議説を離れて兼子理論の訴訟手続無関係説への接近があるとするが、そういう判決理解も十分に成り立つであろう。しかし、それで当事者本人、国民は納得するかということである。実は、共同事務所の弁護士の規律は難しい問題である。共同事務所といっても、数人の弁護士が事務所スペースと事務機器を共有するだけで相互に独立に職務を行なっている事務所もあれば、数人が重要な案件では相互に討議して対応する共同性の高い事務所もある。数百人を超える巨大弁護士事務所では、実質は、いくつかのグループに分かれており、そこに壁がある事務所もある(壁を組織的に整備した場合、それはチャイニーズ・ウォール(万里の長城)と言われ、アメリカでは職務可能となる)。実態が大きく異なる共同事務所を規律するのは困難であり、だからこそ国家法の欠缺があるとも言えるのである。そこを、日弁連がアメリカの規律などを参照しながら、苦労して規定を設けたのは多とすべきことであり、それを判例法で充実させていくのが最高裁の役割ではなかったか。現に、この事件でも、下級審はこの問題に正面から取り組んだのである。そして、チャイニーズ・ウォールがあったかどうかで分かれたのであるから、まさに最高裁の判断が待たれたのである。残念と言うべきであろう。

 

第3に、これはうがち過ぎである可能性が高いが、私などはこの判決に弁護士会の会規に対する最高裁の「冷たさ」のようなものを感じてしまう。日弁連は、弁護士法に規定されてできた正当性の高い組織である(弁護士法45条)。その会規も尊重してしかるべきところ、どうも突き放した「冷たさ」を感じてしまうのである。それは、日本の法律家全体に戦前から存在する裁判官検察官という在朝法曹と弁護士という在野法曹の厳しい対立を思い起こさせてしまう。戦後昭和24年の弁護士法制定過程で、政府の意見と弁護士界の意見とが真っ向から対立し政府提出法案が作られず、弁護士法が議員立法として成立したというのは有名な事実である。また、一段低く見られているという弁護士界の感覚が、弁護士界の法曹一元への熱意に結びつく(法曹一元とは、弁護士をしている者の中から裁判官を選出する英米法系の制度である。裁判官検察官という司法官への試験と弁護士への試験とを別立てとし、試験後の修習も別とするフランスでは論外とされる)。昭和39年の臨時司法制度調査会意見書が法曹一元への期待を裏切ったとして弁護士界を激高させたし、20年前の法科大学院創設の際にも弁護士界の法曹一元への期待は再燃した。しかし、こういう「執念」または「怨念」(?言い過ぎである)は建設的ではあるまい。これらへの反作用として、裁判所が弁護士を遠く見ることはないか、冷(さ)めて見ることはないか。私の友人の弁護士が、アンパイアであるよりもプレイヤーでありたいと言ったのを思い出す。そういう気概があってよい。裁判所も、弁護士ないし弁護士会を盛り立てることがあってよい。本件最高裁判決で、弁護士会の会規に対する「冷たさ」などという感想を持つのは老爺たる私だけであれば幸いである(ちなみに、法曹一元に対する私の見解は、煮詰まっていない)。

 

 

著者等

顧問/コンサルタント

高橋 宏志 Hiroshi Takahashi

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