[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#28 「EU オムニバス法案による規制 見直し(1)~CSDDD~」:入江克典弁護士(パートナー)
EU オムニバス法案による規制 見直し(1)~CSDDD~
知っておきたい「ビジネスと人権」 #28
2026.5.26
本稿では、第7 回で取り上げた欧州連合(EU)の「企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令」(Corporate Sustainability Due Diligence Directive:CSDDD)(「本指令」)について、その後に成立したオムニバス法案による本指令の改正内容を整理します。本指令は、企業に対し広範な人権・環境デュー・ディリジェンス(DD)義務を課すものですが、その適用開始前の段階で、企業負担への配慮や実効性の確保の観点から、一定の簡素化が図られました。
第一に、適用対象企業の大幅な限定が挙げられます。改正により、(1)EU 域内企業については、全世界年間売上高が15 億ユーロ超であり、かつ平均従業員数が5000 人超の企業(従前は4 億5000 万ユーロ超かつ1000 人超)、(2)EU 域外企業については、EU 域内での年間売上高が15 億ユーロ超の企業(従前は4 億5000 万ユーロ超)に限定されました。また、EU 域内でフランチャイズ契約等を締結している場合のロイヤリティおよび売上高の基準も併せて限定されました。これにより、EU 域内企業・域外企業ともに、適用対象となる範囲は相当程度絞り込まれています。
第二に、DD の実施方法について、リスクベース・アプローチがより明確に位置付けられました。バリューチェーンの上流・下流を含む「活動の連鎖」(chain of activities)のうち、「重大性」および「発生可能性」に基づき優先順位を付け、高リスク領域に重点的にDD を実施することが求められることとなりました。また、情報収集についても、合理的に入手可能な情報に基づくことが明確化され、過度に広範な調査負担が軽減されています。これは、従来の包括的なリスクマッピング義務から、より現実的なスコーピングへと転換するものといえます。また、是正の手段としての取引関係の終了についても、その義務規定は撤廃され、是正に向けた協働や一時的な関係停止といった柔軟な措置が想定されています。
第三に、責任および制裁に関する規律も緩和されています。特にEU レベルでの統一的な民事責任制度の導入は見送られ、各加盟国法に委ねられる形となりました。また、制裁金の上限も全世界売上高の5%から3%へと引き下げられています。さらに、当初規定されていた気候移行計画の策定・実施義務についても削除されるなど、義務内容の簡素化が図られています。 第四に、適用開始時期が改正により2029 年7 月へと延期され、企業にとっての準備期間が実質的に延長されました。
以上のとおり、オムニバス法案による本指令の改正は、対象範囲の縮小、リスクベース・アプローチの強調、責任の限定、適用時期の延期といった点で、全体として規制を緩和する方向で行われました。他方で、人権・環境DD の基本的枠組み自体は維持されており、企業に対して求められる本質的な対応に大きな変更はありません。したがって、企業としては、本改正をもって対応を先送りするのではなく、むしろリスクベースで優先順位を付けたDD 体制の構築を進める必要があります。特に日本企業においては、自社が直接の適用対象となるか否かにかかわらず、EU 企業との取引関係を通じて実質的な対応を求められる可能性が高い点に留意が必要です。
次回は、同様にオムニバス法案により改正された「企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive:CSRD)について取り上げます。
※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2026年5月6日号より転載