[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#24 環境・気候変動と人権」:入江克典弁護士(パートナー)
環境・気候変動と人権
知っておきたい「ビジネスと人権」 #24
2026.1.23
国連総会は2022 年7 月、「清潔で健康的かつ持続可能な環境に対する権利」を人権として明確に承認する採択をしました。この採択は、そのような環境に対する権利が普遍的な人権であることを国際的に承認したものです。この承認自体が法的な拘束力を持つものではありませんが、国々や企業の政策・法律に対する指針として機能しています。国際機関や紛争解決機関においては、環境への配慮を人権として捉える判断が数多く出ており(ECtHR =欧州人権裁判所=、IACHR =米州人権委員会=、ICJ =国際司法裁判所=など)、社会で環境に取り組む必要性がさらに高まっています。欧州連合(EU)において発効した「企業持続可能性デューディリジェンス指令」(Corporate Sustainability Due Diligence Directive:CSDDD)では、対象企業に対し、人権のみならず環境についてもデューディリジェンス(DD)を実施することを求めています。
環境問題のなかでも気候変動は、熱波、洪水、土砂災害、食料や水の安全などを通じて人々の生命・健康、生活基盤、地域住民のコミュニティや文化などに対して直接的な影響を与えるものであり、気候政策の立案や実施について「人権としての観点」が不可欠であるという認識が高まっています。そして、気候変動を人権侵害として捉えて訴訟を提起する動きが世界的に広まっており、2025年6 月時点で、世界で3099 件以上の気候関連訴訟が国内または国際的な紛争解決機関で提起されています(UNEP =国連環境計画= 2025)。その多くは政府の対策の不十分さが争点であり、生命、健康、食料、水といった基本的人権の侵害が主張されるケースが増加しています。もっとも、日本の司法制度においては、多くの国で認められている環境権が認められていないうえ、環境行政訴訟や民事訴訟における制度的な障害が高く、救済が十分に果たされていません。
「気候変動対策や環境への配慮は人権である」という国際社会における共通認識が形成されるなかで、企業はその行動規範として、国連の「ビジネスと人権指導原則」を踏まえ、取るべき対応を整理すべきです。
具体的には、まず(1)人権方針に持続的な環境への配慮や気候変動のリスクを認識した措置を講じていくことを明確にし、全社的に環境や気候変動の問題を人権として捉える姿を打ち出していくことが重要です。
そして、( 2)以上の人権方針に基づく人権 DDのプロセスでは、排出や汚染などによる環境負荷(環境リスク)のみならず、そのような環境負荷による人権リスクを特定したうえで、取るべき措置を検討していきます。例えば、温室効果ガス排出型事業の場合は、熱波等の影響により近隣の高齢者や子どもなどへの健康被害が生ずることが考えられ、排出削減のみならずそれらの人々への影響を緩和するための措置を講ずること(工場移転、近隣施設への冷房設置、安全対策講習など)が考えられます。また、投資先やサプライチェーンにおいて、例えば、石炭・化石燃料関連事業に対して継続的に関与している場合や、環境破壊・地域被害を放置している可能性が高い場合などには、特に人権リスクが高いものとして重点的に人権DD を実施し、その結果として技術の導入により改善を講じたり、事業モデル自体の転換を図ったりするなどの措置を講ずべきと考えられます。さらに、DD の実施に係る説明責任を果たすこと、その際には環境リスクを人権リスクとして捉え、いわゆる「グリーンウォッシュ」(企業が環境配慮をうたいながら実際には対策を取っていないことを意味しますが、このこと自体が企業責任を追及される根拠とされています)と評価されないような透明性を確保することが重要となります。
加えて、(3)影響を受ける地域住民や労働者などが声を上げられる仕組み(苦情処理・救済メカニ
ズム)を企業内外に用意することも重要です。
以上のとおり、比較的新しいテーマとして、環境に対する権利と気候変動を取り上げました。国際的な認識の変化に応じて環境の問題を人権リスクとして適切に把握し、企業としての責任を果たす必要があります。
※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年12月3日号より転載