[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#23 農林水産・食品業における人権」:入江克典弁護士(パートナー)

知っておきたいビジネスと人権

農林水産・食品業における人権

知っておきたい「ビジネスと人権」 #23
2025.12.23

 

これまでの連載で、業種・業界に特有のファクターや人権リスクに分類し、製造業、建設業、投資業、資源エネルギー業、情報通信事業における人権問題を取り上げてきました。今回は、農林水産・食品業界における顕著な人権リスクについて取り上げたうえで、そのようなリスクに対する措置について概説します。詳細は、国際機関(UNEP-FI など)が発表する資料のほか、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(経済産業省)、「責任ある農業サプライチェーンのためのOECD-FAO ガイダンス」(農林水産省、仮訳)などをご参照ください。

 

農林水産・食品業界における顕著な人権リスクとして挙げられるのは、生産・加工製造過程における児童労働、強制労働、劣悪な労働環境、労働者の健康・安全、地域社会への影響などです。特に農業は、児童労働や強制労働が最も多いセクターであり、サトウキビ、コーヒー、家畜、魚類、たばこなどの農産物が児童労働や強制労働を伴って生産されています(US Department of Labor,2024)。

 

◇児童労働
2024 年時点で世界で1 億3800 万人の子どもが児童労働に従事しており、そのうち健康や安全、または発達を阻害する可能性のある有害な労働に従事している子どもは5400 万人に上ります(UNICEF and ILO, 2024)。長時間労働によって子どもの教育機会が失われたり、重すぎる荷物の運搬や危険な機械の操作により重篤な健康被害が生じたり、子どもの人身取引が行われたりといった課題が出ています。

 

◇強制労働
2021 年時点で世界で2760 万人が強制労働の下にあり、そのうち性的搾取を除く強制労働(労働搾取)の下にある成人は1730 万人存在し、その12.3%に相当する210 万人が農業分野で働いています(ILO, Walk Free and IMO, 2022)。態様として、移民労働者らに対する暴力、パスポートの没収による自由な離職からの制限、劣悪な環境下での長時間労働、外出制限などの不当な拘束、低賃金、賃金未払いなどが挙げられます。

 

◇健康・安全、地域社会への影響
さらに労働者は、危険な化学物質(殺虫剤や肥料など)の使用により健康が損なわれ、重機械を含む農業機械類の使用、気候、潮の干満などによる危険な労働環境に置かれるなどのリスクに晒されています。加えて、地域社会への影響として、商業的な農業開発により、地元住民の持つ土地所有権の仕組みが無視され、事前の同意はおろか情報提供すらなく強制移転が行われる場合があります。移転に際して、適切な移転先の調査が実施されないまま、使用自体が困難な場所への移転が開始されたり、必要なコミュニティに対する補償が十分な生活水準を確保する価額で実施されなかったり、また支払いが引き延ばされたりするリスクが顕在化している例が見られます。

 

以上のような人権リスクに対して取るべき措置として重要なことは、生産、製造加工、流通、販売といった複雑なバリューチェーンの中で、リスクマッピングを行い、人権侵害リスクを特定したうえで優先順位をつけて対処していくことです(人権デューデリジェンス。以下「人権DD」)。カカオやパーム油などで確立してきた国際的な認証制度を利用し、認証がある製品かどうかを確認することも有用です。また、官庁、NPO、企業などが、農林水産・食品業界における人権取り組み事例などを公開しており、人権DD に際して参考となります。例えば、農林水産省は「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き」を、公益社団法人日本農業法人協会は「農業分野における『ビジネスと人権』対応マニュアル」を公開しています。国際協力機構(JICA)が事務局を務める「開発途上国におけるサステイナブル・カカオ・プラットフォーム」は、プラットフォーム参加団体による児童労働撤廃に向けた具体的な取り組み状況を公開しています。

 

※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年12月3日号より転載

 

著者

パートナー

入江 克典 Katsunori Irie

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