[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#22 情報通信分野における人権(2)~ SNSプラットフォームの責任と法規制」:入江克典弁護士(パートナー)

知っておきたいビジネスと人権

情報通信分野における人権(2)~ SNS プラットフォームの責任と法規制

知っておきたい「ビジネスと人権」 #22
2025.11.25

 

前回は、情報通信分野としてSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)における人権問題と構造的背景について取り上げました。今回は、SNS プラットフォームの責任と法規制について解説します。

◇企業の責任強化へ法整備進む
SNS プラットフォームを運営する企業の人権問題への対応は「遅らせ、拒否し、回避する(delay,deny and deflect)」(The New York Times)ものとして、長らく批判されてきました。SNS をブランド戦略に利用してきた企業の中には、SNS がもたらす差別や人権侵害の実情にかんがみ、SNS の利用を限定したり休止したりするなど、運用の見直しを講ずる企業も出てきました。複数のグローバル企業は、Meta(Facebook)が暴力、差別、人種差別に寛容であるとして、広告掲載を取りやめました(Stop Hate for Profit)。

SNS プラットフォーム運営企業の果たすべき責任として、まず、SNS サイトにおける表現内容の規制に重要な役割を有していることを受け入れ、運営を透明化するとともに、人工知能(AI)や第三者により違反コンテンツの検査精度を向上させ、迅速な削除等の対応を実施することが求められます。プラットフォーム企業は、SNS においてコンテンツ上の差別や人権侵害に配慮した新しいルールを形成し、運用する責任があります。
 
また、ビジネスと人権指導原則などの国際人権規範にかんがみ、法にのみ従えばよいという組織風土を改める必要があります。プラットフォーム企業は、SNS を利用した誤情報により選挙投票が誘導されている例のように、ただちに違法とはいえないものの人権や民主主義などの普遍的な価値に重大な損害を与える誤情報の発信に対して適切な対応ができていないと指摘されています。そのために、プラットフォーム企業は、誤りを含む情報、写真、動画などに対する監視、監視員の採用、一部情報のシェア機能の制限などの対策を講じる必要があります。

さらに、広告モデルビジネスの変革が求められます。広告は、ビューワー数、クリック数、ライク数、シェア数などによるエンゲージメントにより報酬が決定される仕組みになっていますが、負の感情、特に怒りや恐怖が最も大きな関心を寄せることが明らかになっています。そのため、人気があるものの「明らかに有害な」コンテンツに対する積極的な対策を講じること、そのためのアルゴリズムを調整することが必要とされています。

政府がSNS における表現内容を規制することは、言論の自由などの基本的な人権の侵害につながるおそれがあるので慎重を期す必要がある一方、プラットフォーム企業の責任を強化するとともにSNS 利用者の権利を保護する目的で法整備が世界中で進んでいます。欧州連合(EU)では、2024年に「デジタルサービス法(Digital Service Act:DSA)」が施行されました。同法は、SNS 利用者の権利強化とSNS 上のコンテンツを監視・管理するプロセス(コンテンツモデレーション)の確立を目的とし、プラットフォームに対し違法コンテンツに積極的に対処することを求めています。日本でも、テレビ番組の出演者に対する誹謗中傷が社会問題化したことをきっかけに、刑法上の侮辱罪が2022年に改正され、厳罰化されました。また、いわゆる「プロバイダ責任制限法」における発信者情報開示制度が2021 年に改正され、SNS での発信者の特定が劇的に容易となりました。さらに、通称「情報流通プラットフォーム対処法」が今年施行となり、一定規模以上の事業者に対し削除申し出に
対する体制の整備等を義務付けています。

以上2 回にわたり、情報通信分野としてSNS における人権問題について取り上げました。SNS は自由な発信を可能とする場であり、生活に不可欠な情報が流通するハブとして、高い公共性を有しています。これを運営するプラットフォーム企業は、このような公共性の観点からビジネスモデルを見直すとともに、必要なルールを形成し、人権侵害に対処することが不可欠です。SNS 利用者を保護し、プラットフォームの責任を明確化した法制度の整備が国レベルそして国境を越えて進められる必要があります。
 
 
※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年11月5日号より転載
 

著者

パートナー

入江 克典 Katsunori Irie

お問い合わせ

関連リンク