[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#21 情報通信分野における人権(1)~ SNS における人権問題と構造的背景」:入江克典弁護士(パートナー)

知っておきたいビジネスと人権

情報通信分野における人権(1)~ SNS における人権問題と構造的背景

知っておきたい「ビジネスと人権」 #21
2025.10.22

 

これまでの連載では、業種・業界に特有のファクターや人権リスクに分類し、製造業、建設業、投資業、資源エネルギー業における人権問題を取り上げてきました。今回と次回では、情報通信分野としてSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)における人権問題と構造的背景、SNS プラットフォームの責任と法規制について解説します。


◇深刻な人権侵害、多様な形で発生
SNS は、意見や作品を自由に発信できる場を提供するものとして、また国境を越えた交流を容易にするものとして、現代社会で不可欠のツールとなっています。見えにくい情報が即時に共有・拡散されるため、災害時の安否確認や、社会運動(#MeToo、#BlackLivesMatter など)の展開にも寄与してきました。ビジネスにおいては、ブランド広告やPR などのマーケティングにも活用されるとともに、発信力を持ついわゆるインフルエンサーが活躍しています。

 

その一方、SNS における人権問題は、情報発信の容易さやその匿名性から、深刻かつ多様な形で発生しています。誹謗中傷やヘイトスピーチにより、個人や特定の集団(民族、宗教、性的マイノリティ等)に対する侮辱的・差別的な発言が拡散され、特定の個人が自殺に追い込まれたり、特定の集団との間で分断が生まれたりといった形で表れます。例えば、あるテレビ番組に出演していた女性がその容姿や言動に対してSNS 上で激しく誹謗中傷を受け、自殺に至り、刑法の侮辱罪が厳罰化されました。またミャンマーでは、SNS(特にFacebook)上でロヒンギャ民族に対するヘイトスピーチが拡散し、それが暴力行為や民族浄化へとつながり、数十万人が難民となりました。国連も、SNSがミャンマーでの憎悪を助長していると指摘しました。

 

また、個人情報が晒(さら)されるなどのプライバシー侵害、盗撮動画の拡散などの肖像権の侵害も生じています。住所、電話番号、家族構成などの個人情報がSNS 上で公開されることで、家族の安全が損なわれ、ストーカー被害などにつながります。いわゆるリベンジポルノのように相手が同意していない画像や動画が拡散されることで、相手方に対し回復困難な精神的損害を与えるとともに、相手方の社会的関係を破壊することとなります。

 

フェイクニュースや誤情報が拡散され、特定の個人の信用が傷つけられたり、ロヒンギャ民族などの特定の集団に対する敵意が煽(あお)られたり、アメリカ大統領選で投票が誘導されるなどの形で民主制に影響が及んだりしています。子どもや若者が、学校や職場の特定のチャットグループや特定掲示板などで、侮辱、揚げ足取り、晒しといった形でいじめや集団ハラスメントにあうケースが増え、被害者の不登校、退職、PTSD 発症といった形で表れています。

 

SNS において人権侵害が起こりやすい背景として、その匿名性ゆえに加害者意識が希薄になりやすいこと、情報が半永久的に残ってしまうこと、アルゴリズムによってコミュニティが同質化され、その内部では差別的言動が正当化されやすいこと、ディープフェイク等を可能にするテクノロジーが進化していることなどが挙げられています。一方、過激発言を誘導しがちな広告収益モデルなどを維持し、誹謗中傷や明らかなフェイクを看過するプラットフォーム企業の対応不足が指摘されるとともに、国境を越えるプラットフォームに対する規制の必要性も問われています。


次回は、上記のSNS における人権問題に対する対応措置として、プラットフォーム企業の責任と法規制について解説します。

 

 

※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年10月1日号より転載

 

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入江 克典 Katsunori Irie

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