[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#20 資源・エネルギー分野における人権(2)~紛争影響地域」:入江克典弁護士(パートナー)

知っておきたいビジネスと人権

資源・エネルギー分野における人権(2)~紛争影響地域

知っておきたい「ビジネスと人権」 #20
2025.9.24

 

前回は、資源・エネルギー分野における人権リスクと「責任ある鉱物調達」に基づく規制の拡大について概観しました。今回は、資源開発が紛争等の影響を受ける地域において行われる場合が多いことから、人権の観点からこれら地域において特に留意すべき点について説明します。詳細は、国連開発計画(UNDP)が策定した「紛争等の影響を受ける地域でのビジネスにおける人権デュー・ディリジェンス[DD]の強化」(2022年)(以下「UNDP 手引書」といいます)をご参照ください。

 

UNDP 手引書は、紛争影響地域におけるビジネスと人権について、(1) 紛争は必ず人権侵害を伴うこと、(2) 紛争影響地域における中立かつ影響を与えないビジネス活動は不可能であること、(3) 企業は国際人権法に加えて「国際人道法」の基準も順守すべきこと―の3 点をその特徴として挙げています。国際人権法があらゆる状況において適用されるものである一方、「国際人道法」は武力紛争時のみに適用されるものです。ビジネス行為が戦争に結びついている場合(例えば、企業が紛争当事者の一方を支援している場合、または企業の従業員が武力グループのメンバーである場合)は国際人道法が適用されます。国際人道法は、企業のマネージャーやスタッフに対し国際人道法に違反しないよう義務を課し、直接的な加害者あるいは共犯者として違反した場合には刑事責任または民事責任を負うリスクが発生します。

 

◇「より強化された」人権DD
そのうえで、UNDP 手引書は、紛争影響地域では「より強化された」人権DD が必要であるとしています。通常の人権DD では、企業が与える人権リスク(人権に対する負の影響)を回避または最小化するものですが、紛争が人権侵害を必ず伴うもので((1))、およそ紛争中立的に事業を行うのは難しいことから((2))、企業が「紛争に与える負の影響」も特定し評価すべきというのが「強化された」人権DD です。


具体的には、まず、紛争状況や紛争原因に対する理解を深めるとともに、そのような紛争に対する自社事業が及ぼし得る影響を特定していきます。例えば、自社の活動が特定の紛争当事者に対して天然資源へのアクセスを与えるものでないか、自社の製品が特定の紛争当事者の武力行使に直接結びついていたりしていないかなどを特定します。そのうえで、そのような特定された負の影響を軽減し回避するために、利害関係者(ステークホルダー)と対話しながら自社が取り得る措置を検討していきます。結果として、自社事業を中断し、その地域のビジネスからの撤退を検討せざるを得ない場合も出てきますが、それらの決断が紛争の影響を受ける地域の緊張を高める可能性がないか、決断がもたらす負の影響が利点を上回らないかについて慎重に考慮する必要があります(責任ある撤退)。撤退を急ぐと、撤退の時機を逸した場合と同等の被害が生じる可能性があることに留意しなければなりません。例えば、自社の早期撤退によって、その事業活動に経済的に依拠していた人々が生活の糧を得るために武装グループの一員にならざるを得ない場合もあります。そのような事態を避けるようにするため、ステークホルダーが関与した明確な撤退戦略が必要となります。

 

以上2 回にわたり、資源・エネルギー分野の人権について取り上げ、本稿では特に紛争影響地において生ずる問題を解説しました。資源・エネルギー開発は、企業の収益を生み出し、従業員の生計を支え、地域の発展を促す力を有しています。しかし、これらの資源の多くは紛争影響地やそのリスクが高い地域で採掘されており、その資源に関わる事業が人権侵害や武力紛争に加担し、ひいては地域の経済的・社会的発展をも妨げてしまう可能性があります。

 

 

※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年9月3日号より転載

 

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入江 克典 Katsunori Irie

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