[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#19 資源・エネルギー分野における人権(1)~責任ある鉱物調達」:入江克典弁護士(パートナー)

知っておきたいビジネスと人権

資源・エネルギー分野における人権(1)~責任ある鉱物調達

知っておきたい「ビジネスと人権」 #19
2025.8.25

 

これまでの連載で、「ビジネスと人権」の問題を業種・業界に特有のファクターや人権リスクに分類し、製造業、建設業、投資業における人権問題を解説しました。今回と次回は、資源・エネルギー業界における人権問題について解説します。詳細は、OECD(経済協力開発機構)が策定した「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」(2011 年)(外務省サイトに日本語仮訳あり)などをご参照ください。


資源の開発は、企業にとって重要な経済活動であるとともに、開発地域の雇用の創出、経済発展を促す重要な役割を果たしています。その一方で、天然資源の採掘、取引、輸送などの過程で、土地収奪、強制労働、児童労働、暴力、性搾取などの重大な人権侵害が発生するリスクが顕在化しています。また、資源の開発が紛争地域またはそのリスクがある地域で行われる場合、これらの地域から調達を行いまたはそこで操業している企業は、採掘される鉱物(すず、タンタル、タングステン、金など)が紛争の資金源になるなどの形で紛争に手を貸してしまうリスクが高まります。よって、開発地域で資源エネルギー事業を行う企業は、このようなリスクを特定し、対処するための措置を取る必要があります。


◇劣悪な労働条件や環境破壊のリスク
資源・エネルギー開発において顕著な人権リスクは、採掘現場などにおける低賃金や長時間労働などの劣悪な労働条件、強制労働、児童労働などの労働問題です。例えば、主に電気自動車のバッテリーとして使用されるコバルトは、その多くがコンゴ民主共和国(DRC)で採掘されています。DRCでは、汚職が蔓延するなどガバナンスが行き届いておらず、5 歳から14 歳までの多くの児童が1 日当たり2ドルから3ドルの賃金を得るためにコバルトに関わる労働に従事していることが報告されています 。また、鉱山や石油・ガスの採掘現場では、労働者が危険な環境で働くことが多く、労働災害や健康被害が発生するリスクが高いです。例えば、鉱山労働者は粉塵や有害物質にさらされることが多く、呼吸器系の疾患を患うことがあります。


また、資源・開発プロジェクトによる土地の収奪や開発に伴う環境破壊、またそれらを通じて、地域住民の生活や文化、健康や生計に対して重大な悪影響を及ぼします。例えば、石油流出事故や鉱山廃棄物の不適切な処理が水質汚染を引き起こすことがあります。さらに、開発従事者による地域住民に対する暴力、性搾取も報告されています。例えば、パプアニューギニアの金鉱採掘のプロジェクトにおいて近隣住民女性に性被害が発生しました(被害女性が二次的な被害を生まないようにするための、損害賠償の方法・メカニズムの構築が議論の対象となりました)。


以上のような人権リスクに対して取るべき措置としてデュー・ディリジェンスが重要となりますが、資源・エネルギー業界において特徴的な点としては、鉱物や天然資源の調達において人権侵害のリスクのある鉱物を使用しないようにするための取り組みが挙げられます(Responsible Minerals Initiatives の取り組みなどを参照ください)。「責任ある鉱物調達」の観点から、米国ドッド・フランク法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act of 2010)やEU(欧州連合)紛争鉱物規則(EU Conflict Minerals Regulation, EU 2017/821)のように、各国・地域による規制も進展しており、規制対象となる鉱物、リスクや地域が年々拡大していく傾向にあります。


次回は、天然資源の採掘などと密接な関連性を有する「紛争影響地域」における人権に焦点を当てて解説します。

 

 

※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年8月6日号より転載

 

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入江 克典 Katsunori Irie

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