[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#18 投資分野における人権(2)」:入江克典弁護士(パートナー)

知っておきたいビジネスと人権

投資分野における人権(2)

知っておきたい「ビジネスと人権」 #18
2025.7.23

 

前回より、投資家の人権責任について解説しています。前回、投資家は、投資先企業の企業価値の毀損(きそん)を防ぎ、また企業価値を最大化するため、投資先企業の人権尊重を促進することが重要であることを述べました。今回は、投資家がどのように人権問題に取り組むべきかを概説していきます。


一企業としての機関投資家は、国連ビジネスと人権指導原則に基づき、トップレベルのコミットメントにより人権方針を策定し、投資前後において投資先企業に対する人権デューデリジェンス(DD)を実施し、投資先企業が影響を与えた人々に対し投資先企業が確実に救済措置へのアクセスを提供できるようにすることが求められますが、特に機関投資家の責任として特徴的な点に絞って説明します。詳細は、OECD(経済協力開発機構)が策定した「機関投資家の責任ある企業行動」(2017 年)、PRI(責任投資原則)が策定した「投資家が人権を尊重するべき理由およびその方法」(2020 年)、ILO(国際労働機関)とPRI が策定した「機関投資家向け『ビジネスと人権』ガイド」(2024 年)などにまとめられていますのでご参照ください。

まず、投資家は、投資前の人権DD として、さまざまな投資手法に応じて人権尊重の視点を取り入れることで、投資先企業に対して具体的な働きかけを行うことができます。代表的なのは次の3つの手法です。
 (1)インテグレーション:人権などのESG(環境・社会・企業統治)要因を投資分析と意思決定に統合して、投資先の人権の取り組みを評価分析し、投資判断に活用する投資手法。
 (2)スクリーニング:人権などのESG に関する一定の基準に基づき、投資先の選定やポートフォリオの構築を行う投資手法。人権尊重への取り組みに積極的な企業を選定するポジティブスクリーニング、著しい人権侵害が発見された場合、該当企業を投資対象から除外するネガティブスクリーニングがある(事業リスクだけではなく、投資先企業の人権への負の影響を考慮してスクリーニングする)。
 (3)テーマ投資:人権などの社会課題・環境課題の解決に貢献するテーマへの投資を行い、人権に対して重要な影響を与えることを目的とした投資手法。


◇投資家の「スチュワードシップ責任」
また、投資家は、人権DDのプロセスとして、運用戦略に応じたサスティナビリティの考慮に基づく「目的を持った対話」(エンゲージメント)や株主としての議決権行使や議案提案などを通じて、投資先企業の人権尊重への取り組み状況を把握し、改善を促し、企業価値の向上や中長期的な企業の成長を図る「スチュワードシップ責任」を負っています(「日本版スチュワードシップ・コード」参照)。その際、機関投資家が投資先企業に対する影響力を高めるため、第三者機関が提供する協働スチュワードシップ・イニシアチブを活用することも考えられます(PRI が運営する「Advance」など)。また、機関投資家が、投資先企業の人権尊重への取り組みと情報開示に影響を及ぼし得る各関係者(具体的には、政策立案者、規制当局、証券取引所、信用格付け機関、評価/データ機関など)との間で「目的を持った対話」を行い、人権尊重に向けた環境整備への働きかけを通じて影響力を行使することも重要な取り組みです。

 

加えて、機関投資家は、人権尊重への取り組みに関する発信を行う必要があります。サステナブル投資リポート、責任投資リポート、スチュワードシップリポートなどを通じて、投資家自身として行う人権DD の内容と結果に関する情報開示のみならず、投資先企業が人権DD を行った結果、確認された人権侵害の実態とその対応方法に関する透明性のある情報開示を行うことも重要です。


以上2 回にわたり、投資分野の人権について解説しました。投資家は、人権尊重の取り組みの促進を通じて企業の行動を変え、企業価値の向上に加えて、さらなる社会発展へ貢献できる力を持っています。

 

 

※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年7月2日号より転載

 

 

著者

パートナー

入江 克典 Katsunori Irie

お問い合わせ

関連リンク