[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#16 建設業における人権問題(2)」:入江克典弁護士(パートナー)

知っておきたいビジネスと人権

建設業における人権問題(2)

知っておきたい「ビジネスと人権」 #16
2025.5.27

 

前回は、建設業における人権リスクとこれに対応して取るべき措置を概観しました。今回は、建設業界において特に生じている移民労働者の問題に焦点を当てて説明します。


世界には1億6000万人を超える移民労働者が存在します。移民労働者は、貧困から逃れるチャンスを得るという「家計上の戦略」のために移住しますが、潜在的に直面するリスクに気づいていない場合が多く、グローバルサプライチェーンにおいて最も脆弱(ぜいじゃく)な労働者であると言われています。

 

一般に、貧困から逃れるために国外に働き口を求める移民労働者は、移住のための送り出し機関・受け入れ機関(送り出し国・受け入れ国のエージェント)に報酬を支払い、雇用のあっせんから移住のための手続きを含めた全てについて依頼することとなります。特に貧困である移民労働者は、その支払いのために、物を質入れするなど担保を設定し、時に高利の借り入れを行います。無事に移住できても、不衛生で危険な生活・労働環境を強いられることが多く、賃金が適切に支払われないこともあります。雇用者との契約や滞在ビザとの関係、多額の債務を背負って渡航しており帰国という選択を取れないことを背景に、離職・転職したり待遇に異議を唱えたりすることも困難な状況を強いられます。非正規のエージェントが跋扈(ばっこ)するなど透明性を欠き、労働者も移住する以外に貧困から抜け出す状況がないためにこのような実務が常態化しており、移民労働者が継続的に搾取されるという構造が生まれています。

 

猛烈な勢いで発展している中東諸国(サウジアラビア、アラブ首長国連邦=UAE、カタール、クウェート、バーレーン、オマーン)では、2500万人の移民が存在する一方、移民に対する十分な法的保護が与えられていないと指摘されています。2022年にサッカー・ワールドカップが開催されたカタールは、約250万人の人口の多くが移民です。最大で3万人から4万人の労働者がワールドカップのスタジアムや関連施設の建設プロジェクトに携わりましたが、このうち2011年から2020年までの間に約6500人が死亡したと言われています。このようなカタールでの人権問題に対し、フランスではパブリックビューイングが中止されたり、ドイツ代表チームが写真撮影のときに右手で口をふさぐパフォーマンスをしたりして応じましたが、日本での関心は総じて薄かった印象です。

 

東南アジア・南アジア(ネパール、ミャンマー、マレーシア、タイなど)における国際的な労働者の移動に際しても、エージェントへのキックバックや政府機関への贈賄などの腐敗が常態化しているとの指摘があります。違法ルートによる移住労働は、正規ルートと比べてあまりに高額でなければ、諸手続きを省略して迅速に渡航できる点で労働者にとってメリットがあります。しかし、これらの手段は、弱者である移民労働者に対して、強要、誘拐、暴力ひいては死という高いリスクを負わせるものです。実際に受け入れ国に着けば、当局からの拘束や強制送還の脅威にさらされ、社会福祉や法的保護を十分に受けられないといった問題に直面します。

 

日本も近年、労働力不足を背景に、建設業に限らず移民労働者が増大しています。外国人技能実習制度による技能実習生も、多額の債務を背負って渡航していることが多く、業務上の安全・衛生基準、労働条件、賃金の支払いなどに際して多くの問題を抱えている点で、国際社会から強制労働の実態を指摘されてきました。日本企業は、その移民の構造・実態を調査したうえで責任をもって外国人・移民労働者を採用し、採用後は労働者のために生活環境や労働環境を改善すること、日本政府は、移民労働者が日本に来て安心して働けるための制度・仕組み作りを進めることがますます重要となります。

 

 

※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年5月7日号より転載

 

 

著者

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入江 克典 Katsunori Irie

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