[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#15 建設業における人権問題(1)」:入江克典弁護士(パートナー)

建設業における人権問題(1)
知っておきたい「ビジネスと人権」 #15
2025.4.23
前々回より、ビジネスと人権の問題を業種・業界に特有のファクターや人権リスクに分類して解説しています。前回は、製造分野における人権としてサプライチェーンに焦点を当てました。今回は、建設業における人権問題についてです(詳細は、国際機関〔UNEP-FI など〕が発表する資料のほか、経済産業省の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」などをご参照ください)。
建設業界で最も深刻な人権リスクは、従業員の健康と安全体制です。建設現場での作業では、しばしば身体に対する危険が伴いますが、これらに対するリスク評価が不十分であったり、工具や設備の欠陥があったり、教育・研修や情報提供が不足していたり、過酷な条件の下での長時間労働が常態化していたりすることで、時として死に至るほどの重大な事故が発生します。劣悪な居住環境によって、労働者間に感染症が蔓延するケースもあります。
また、大規模な建設プロジェクトなどでは、十分な訓練を受けた現地の労働力が不足するため、外国人労働者/移民労働者が含まれることが多くありますが、それらの労働者に対する強制労働などの問題が人権リスクとして挙げられます(この問題については「建設業における人権問題(2)」で詳述します)。さらに、外国人労働者や下請け事業者の利用、非正規雇用、危険な作業、長時間労働の常態化といった建設業界特有の問題に関連して、建設現場での労働者が不当な労働条件、低廉な賃金、差別、ハラスメントなどに直面することも珍しくありません。
地域コミュニティとの関係で大きな人権リスクは、建設開発に伴う強制立ち退きです。地域住民が生活のために使用してきた土地やその他の資源を奪い、住民の生計に対して脅威を与える可能性があります。立ち退きに際してコミュニティそのものの移転が必要となる場合には、地域住民などとの慎重な利害調整や同意取得のプロセスが必要となり、これがうまくいかない場合、将来の紛争を引き起こします。また、危険物質などが利用されることで地域環境(大気、水質、土壌など)を破壊したり、建築物の種類や規模によっては騒音を生じたり景観を損ねたりといった問題も生じます。
以上のような人権リスクに対して取るべき措置として、建設業界において特徴的な点は、重層下請け構造を把握することです(詳細は国土交通省の資料等をご参照ください)。建設業では、個々の企業で工事内容の高度化による専門化・分業化が進み、必要な機器や工法の多様化への対応等のため重層的な施工体制が進んでいます。これにより、施工に関する役割や責任の所在が不明確になること、品質や安全性の低下など、さまざまな影響や弊害が指摘されています。自社の重層構造の中での位置付けを把握したうえで、取引関係の中で潜む人権リスクを把握し、優先順位を付けて関係先の人権リスクの発生状況や対応状況を調査していくことから始める必要があります。また、建設現場においては人権リスクに配慮した安全・環境基準/労働条件の設定と実施、教育・研修(外国人を含む場合は言語的なサポートも含みます)、その管理・監視のプロセスを徹底させ、問題が発生した場合の処理・救済対応を準備しておく必要があります。
※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年4月2日号より転載