[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#13 製造業におけるサプライチェーン(1)」:入江克典弁護士(パートナー)

製造業におけるサプライチェーン(1)
知っておきたい「ビジネスと人権」 #13
2025.2.26
ビジネスにおける人権の問題は、業種や地域などのファクターによってさまざまな形で顕在化します。各企業の人権対応への推進に際しては、自社業界で引き起こす可能性の高い人権リスクを把握しておくことは有用です。そこで今回からは、それぞれの業界におけるビジネスモデルがどのような人権侵害につながっているのかを概説してみたいと思います。業種・セクターごとの人権リスクについては、国際機関(国連環境計画・金融イニシアティブ= UNEP-FI =など)が発表する資料のほか、経済産業省の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」や、経済協力開発機構(OECD)による産業分野別の人権デューデリジェンス(DD)ガイドラインなどで詳しく説明されていますのでご参照ください。
本稿では、製造業におけるサプライチェーンを取り上げます。1970年代以降、労働コストの削減と消費者に対するブランド力の向上を旗印に、国内生産からグローバルなアウトソーシングへ移行しました。いわゆる発展途上国の生産者がグローバルサプライチェーンに統合されることによって、地域経済に変革がもたらされ、地域開発という長年の目標の達成に寄与しました。一方で、多くのグローバル企業が、現地の低賃金と脆弱(ぜいじゃく)な社会・環境規制を利用し、現地労働者の福祉や地域社会の安全を犠牲にしながら低価格の商品を生産することで、自らのブランド力を低下させることになりました。
サプライチェーンにおける人権リスク
製造業サプライチェーンにおける人権リスクとして最も高いのが労働に関する問題です。特にナイキやユニクロなどで問題が顕在化した衣料品セクターでは、低い仕入価格、短いリードタイム、発注仕様・数量の変更、納期遅れのペナルティー、値引き要求、未払いによる注文キャンセル等が、グローバルサプライチェーンにおける労働者の人権を侵害する購買実務となっていると指摘されていました。自社およびサプライチェーンにおける過剰な労働時間、不当な低賃金、残業代未払い、強制的な労働条件、ハラスメント、児童労働、危険で健康リスクの高い環境下での労働などの問題に対し、企業は十分な責任を負うべきことが求められています。特に、現地国の法制度が未整備でありその執行が不十分であっても、全世界的に一貫性のある効果的なガバナンスを実施する必要があります。
また、地域社会に対するリスクとして、危険物質の保管や輸送、廃棄物処理、公害による大気、水源などの天然資源に対する汚染により地域住民の健康や地域環境に対して被害を与える可能性があります。このような重大事故が発生した際の実現可能な対応方針、計画、手続きを平時に定め、緊急時にこれを遂行する準備をしておくことが重要となります。
さらに、消費者に対するリスクとして、消費者の安全や健康を損なう可能性があります。製造業者には、製品の安全性の確保、安全性の表示、責任あるマーケティングなどが求められています。加えて、法令執行機能の欠如に起因する贈収賄もリスクの一つです。製造に伴う輸送や保管、許認可の取得、公共調達などに際しては特に贈収賄が横行しやすいと指摘されています。
次回は、以上のとおり想定される製造業サプライチェーンの人権リスクに対して、企業がどのように責任を果たすべきかについてさらに概説したいと思います。
※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2025年2月5日号より転載