[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#8 英国現代奴隷法」:入江克典弁護士(パートナー)

英国現代奴隷法
知っておきたい「ビジネスと人権」 #08
2024.8.28
本稿では、前回の欧州連合(EU)のデューデリジェンス(DD)指令に続き、英国の現代奴隷法について取り上げます。2015年に英国議会で制定された現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)は、企業とサプライチェーンにおける現代奴隷および人身売買を規制することを目的として制定されました。以下に述べる要件を満たす日本企業は、各会計年度において奴隷および人身売買に関する声明を作成し、公表する義務を負います。また、要件を満たさない場合も、要件を満たす他の企業の調査への協力を求められる可能性がある点で影響力の大きな法律であるといえます。同法のガイドラインとして、英国政府より「Transparency in Supply Chains etc. A practical guide」が公表されています(以下の記載はこのガイドラインに従ったものです)。
現代奴隷法の対象企業
本法の適用対象となる企業は、以下の全ての要件を満たす法人または組合です。
(1) 英国において事業の全部または一部を行っていること(これに当たるかは「常識的に」判断される。英国で設立されたか否かは問わない)
(2) 商品またはサービスを提供していること
(3) 年間総売上高(当該企業およびその子会社の売り上げを含み、英国の事業が占める金額の割合を問わない)が 3600 万ポンド以上
(2) 商品またはサービスを提供していること
(3) 年間総売上高(当該企業およびその子会社の売り上げを含み、英国の事業が占める金額の割合を問わない)が 3600 万ポンド以上
―であることが挙げられます。
声明の作成・公表義務
対象企業に課される義務は、奴隷および人身売買に関する声明の作成と公表です。声明には、各会計年度において、当該企業の運営またはそのサプライチェーンで奴隷および人身売買が行われていないことを確実にするために講じた措置(または、そのような措置を実施していない場合にはその旨)を記載する必要があります。推奨される開示事項として、以下の6つが規定されています。
①組織の構成、事業およびサプライチェーン(事業分野、組織構造とグループの関係、製品またはサービスを調達する国など)
② 奴隷および人身売買に関する企業方針(採用、調達方針、従業員に対する行動規範、被害者の救済等の記載を含む方針が推奨されている)
③当該企業の事業およびサプライチェーンにおける奴隷および人身売買に関するDDプロセス
④奴隷および人身売買が発生するリスクの存在する事業・サプライチェーンの特定および当該リスクを評価および管理するために講じている措置
⑤ 当該企業の事業・サプライチェーンに奴隷および人身売買が発生しないよう確保する措置の有効性(自社が適切と考えるパフォーマンス指標に基づき評価されたもの)
⑥ 従業員に対する奴隷および人身売買に関する研修
④奴隷および人身売買が発生するリスクの存在する事業・サプライチェーンの特定および当該リスクを評価および管理するために講じている措置
⑤ 当該企業の事業・サプライチェーンに奴隷および人身売買が発生しないよう確保する措置の有効性(自社が適切と考えるパフォーマンス指標に基づき評価されたもの)
⑥ 従業員に対する奴隷および人身売買に関する研修
―の6点です。英国政府は、声明の公表のためのオンラインレジストリ制度を設けており、声明の公表を促進しています(レジストリの利用は任意です)。
実効性確保へ改正検討
以上の義務に違反した場合は、英国政府による強制執行命令を通じて執行される可能性があり、この命令に従わない場合は、上限のない罰金が科される可能性があります。しかし、この制裁の実効性の乏しさゆえ、対象企業において義務が十分に履行されているとはいえず、英国政府は、刑事罰の創設を含めた本法の改正を検討しています(2024年7月時点)。
以上のとおり、英国現代奴隷法は、各国に先駆けて現代奴隷を規制した制定法として脚光を浴びましたが、企業に対する義務付けは声明の公表のみで、人権DDの実施を義務付けるものではないうえで、政府による制裁の実効性は乏しく、実質的に法の実効性を市民監視に委ねる形となっています。もっとも、フランスやドイツ等のDD関連法の制定に加えて、前回述べたEUのDD指令の制定により、英国奴隷法においても実効性を高めた形でDD実施義務が規定される可能性があり、今後も注視する必要があります。
※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2024年8月7日号より転載