[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#7 EUにおける人権・環境デューデリジェンス指令」:入江克典弁護士(パートナー)
EUにおける人権・環境デューデリジェンス指令
知っておきたい「ビジネスと人権」 #07
2024.7.24
日本企業にも重大インパクト
本稿では、今年4月24日に欧州議会が採択した「企業持続可能性デューデリジェンス指令」(Corporate Sustainability Due Diligence Directive:CSDDD/CS3D)(「本指令」)の概要を取り上げます。本指令は、デューデリジェンス(DD)義務が課される適用対象企業の線引きをめぐって議論が紛糾し、一時その採択が危ぶまれましたが、最終的に以下に説明するような形で妥結されました。本指令の発効により、欧州連合(EU)域内に拠点を持つ企業のみならず、EU域内で事業活動を行う企業やEU域内企業と取引を行う企業まで、多くの日本企業に対して重大なインパクトを与え、日本を含む世界各国におけるDD実施義務の法制化を促進することが予想されます。
本指令においてDD実施義務の対象となる企業は(1)EU域内企業については、全世界年間売上高が4億5000万ユーロ超であり、かつ平均従業員数が1000人超の企業、(2)EU域外企業については、EU域内での年間売上高が4億5000万ユーロ超の企業です(なお(1)または(2)の要件を満たす連結グループの最終親会社にも適用されます)。また、EU域内でフランチャイズまたはライセンス契約を締結しており、ロイヤリティおよび売上高が一定規模以上の企業も対象とされています。
対象企業に課されるDD義務は、国連指導原則に基づく内容で、(1)DDを企業方針およびリスク管理システムへと組み込むこと、(2)潜在的なまたは現に生じている負の影響の特定と評価、(3)潜在的な負の影響を防止し、軽減すること、(4)実際に生じている負の影響を停止させ、是正すること、(5)苦情処理メカニズムを構築すること、(6)DD実施に係るモニタリング、(7)DD実施結果の公表です。なお、本指令においては、対象企業に対し、人権のみならず環境についてもDDを実施することを求めている点を留意する必要があります。また、直接的な取引先のみならず、当該企業の上流および下流の取引先を広く含むバリューチェーン(chain of activities)を対象としてDDの実施を求めています。以上の義務に違反した場合には、全世界年間売上高の5%を上限とする制裁金を科せられる可能性があるほか(制裁金を支払わない場合は企業名等が公表されます)、民事上の責任を負う可能性もあります。
企業規模に応じ段階適用
本指令は、対象企業の規模に応じて段階的に適用されていく予定となっています。(1)本指令の発効の3年後(2027年見込み)から、従業員が5000人、全世界売上高が15億ユーロ超の企業に適用され、(2)本指令の発効の4年後(2028年見込み)から、従業員が3000人、全世界売上高が9億ユーロ超の企業に適用され、(3)本指令の発効から5年後(2029年見込み)から、本指令の適用対象企業の全てに適用されます。また、EU加盟各国は、本指令の発効後2年以内(2026年見込み)に、本指令に沿った国内法を制定することとされており、適用対象企業はこれらの国内法を通じて本指令が適用されることとなります。
本指令に基づく日本企業に対する直接・間接の影響は幅広いものと予想されます。企業は、まずは自らまたは自らが属するグループ企業が本指令の適用対象となる可能性があるかを確認したうえで、本指令の要求するDD実施に向けた準備を開始する必要があります。また、自らが本指令の適用対象とならなくても、本指令の適用対象企業である直接または間接の取引先企業より、本指令に基づく取り組みを求められる可能性があるといえます。日本企業は、本指令を契機に、人権や環境に対する認識をより一層深めるとともに、戦略的にDD実施への準備・取り組みを進める必要があります。
※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2024年7月3日号より転載
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掲載情報
〔連載〕「知っておきたいビジネスと人権」(時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版、2024年1月~)
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