[コラム] 「知っておきたい「ビジネスと人権」#1 「ビジネスと人権」とは何か〜イントロダクション〜」:入江克典弁護士(オブ・カウンセル)

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「ビジネスと人権」とは何か〜イントロダクション〜

知っておきたい「ビジネスと人権」 #01
2024.4.24

「ジャニーズ問題」で注目

 
近年、報道などで「ビジネスと人権」という言葉をよく目にします。昨年7月には、国連の「ビジネスと人権作業部会」のメンバーが来日し、日本のビジネスと人権の状況に関するステートメントを出しました。その中でも言及のあった、いわゆる「ジャニーズ問題」をきっかけに、企業活動に際しての人権への配慮が大きく報道されています。そのほか、人種による社会の分断、児童労働、性的マイノリティーによる就労環境の整備、ソーシャルメディアによる有害コンテンツの拡散、香港の民主問題や中国・新疆ウイグル自治区での人身拘束など、世界はさまざまな人権に関わる問題であふれています。

「ビジネスと人権」は、企業内部にとどまらず、取引先、サプライチェーン、業界内において人権侵害や侵害のリスクが発生した場合、企業はどのような対応を取るべきか、誰がどのような責任を負うべきか、という複雑な問題です。企業の担当者の皆さんは「当社でも何らか措置を講じた方がよいと思うが、何をしたらよいのかわからない」という方も多いのではないでしょうか。そこで、この連載では「ビジネスと人権」に関する基本的な理解を深めるために、さまざまな切り口で解説していきます。
 
まず、連載の最初の数回で、人権の基本、人権概念がビジネスに対してどのように生かされるのか、国連が策定した「ビジネスと人権に関する指導原則」、投資や経営の指標である「ESG」との関係などを解説し、その後は、これらを踏まえながら、投資、製造、移民、資源、テクノロジー、中国といった各業界、各地域での問題へと議論を広げていく予定です。企業の担当者の皆さまがすぐに使えるような、各国の人権関連の法規制について紹介したり、「人権デューデリジェンス実務のポイント」に限って提供したりするものではありませんが、具体的な事例を出しながら、皆さんにとって何らかの示唆を与えられるような連載にしたいと思います。
 

企業に求められる実践

人権の歴史を見ると、人権は、強大な権力をもって侵害される状況に応じて、その考え方を進化させてきました。優れた宗教思想に対する信仰が人権の起源となり、王制に対する市民革命によって、人権は「国家の権力を制限するもの」という普遍的な認識が確立しました。その後、資本主義社会が発展するにしたがって、人権は、経済的な部分がより前面に出る形で議論されるようになりましたが、企業の持つ力が徐々に大きくなり、労働者や資源を搾取する事態が増えてきました。さらに、グローバリゼーションとともに出現した巨大な多国籍企業により、国家という枠を超えて、ビジネスという観点で人権に配慮すべきだとの考えが徐々に浸透してきたのです。これにより「ビジネスと人権」という考えが誕生しました。

「ビジネスと人権」と同じように、環境、社会、マイノリティーへの配慮などを謳(うた)うものとして、国連が策定した持続可能な開発目標(「SDGs」)があります。企業のホームページなどでもSDGsを順守していることを謳っているものをよく見かけます。もちろん、民間企業もSDGsの精神を尊重し、そのゴール達成に貢献していくことは重要ですが、そもそもSDGsは、国家がその政策を決定、実施するに際して指針とするべき政策文書です。人権への配慮はSDGsに掲げられたすべての目標の大前提ですから、人権方針を策定し、指導原則を順守し、これに基づく措置を実践していくことこそ、企業に求められる対応として直接的なように思います。
 
次回では、国際人権条約による「普遍的な人権基準」の開発と、国家や国際社会による人権侵害に対する「執行の不十分さ」について触れ、それ以降の「人権のビジネスへの適用」の話につなげていく予定です。
 

※時事速報シンガポール、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシア、欧州、米国の各版2024年1月10日号より転載

 

著者等

オブ・カウンセル

入江 克典 Katsunori Irie

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